相変わらず、永田町からは政局のニュースしか聞こえてこない。
日々行われている審議についても、申し訳程度の報道はあるが、それも全部政局絡みだ。
メディアを通してのニュースでしか情報を得られない僕でも、被災地の苦しい現状には心が痛む。
大震災から3ヵ月を経過して、多少なりとも良くなった部分がある半面、より一層深刻度の増している所もあるようだ。
そんな中で、出来ることから手を付けるのが復旧・復興なら、今一番気になるのは、集められた義援金の行方だ。
既報の通り、義援金の使い道は多岐にわたるようで、その一部を、職を失った漁師の人を、瓦礫除去の作業員として雇う費用に充てているのは非常にいい使い方だと思う。
一方で、企業が経営再建する為の費用を借り難かったり、当座の生活費にも困っている被災者に義援金が行き渡らないのはおかしい。
何処にどれだけ渡したかの管理が難しいなどという言い訳は、通用するはずがない。
ひとり一律いくらで配り、その記録を残しておけばいいだけのこと。
義援金を支給するのは、一度だけではないだろうから、後に余裕ができてから、所得その他の条件で、調整すればいいではないか。
この様な、システムの不備を解消するための法案を通すのが、国会の役割だとすれば、政局にかまけて全く機能していないことは、言い訳のしようがないだろう。
ところで、素人ブログとはいえ、今日は固有名詞を出すことを控えた。
昼間流れた、ある政治家の家族についてのニュースが理由だ。
普段批判ばかりしているが、政治家が大変な仕事であることは間違いない。
個人的な事情を押し殺して、時に冷静に、またある時はあえて感情的に振る舞わなければならないことも分かる。
武士道精神に近い、暗黙のルールの存在も嫌いではない。
だが、今の政局だけは、どうしても納得がいかない。
6月の頭に、内閣不信任決議案が提出されたことに端を発する騒動が、この状況下で未だに続いていることの異常さを、どう説明できるのか?
僕の好きな国会議員のブログには、有能な政治家に必要な資質として、胆力という言葉がよく出てくる。
政治家が、元来、志が高く、能力・胆力に優れた人達の集まりであるなら、この期に及んでの政権抗争がいかに愚かであるかは、一般人以上に分かりきっているはず。
それでも尚、与・野党間だけでなく、民主党内・自民党内で、駆け引きだの足の引っ張り合いが行われ、最も優先されるべき、復旧・復興支援が遅々として進まないのはなぜなんだ?
昨日・今日あたりのニュース映像を見て思う。
命が助かっても、ただ生きているだけでは駄目なんだ。
仕事でも、学校でも、家事労働でも、全く元通りとはいかなくても、たとえ場所や形が変わっても、あたりまえの日常が戻らなければ、復旧なんて言えやしない。
それだけじゃなく、生活の中に、気分転換になるような楽しいことがなければ、いずれ心が病んで行く。
被災地以外の国民、特に政治家の人には、仕事と余暇の両方を奪われた生活を想像してもらいたい。
きっと、ほんの数日でも耐えられないのではないか?
被災地(もちろん、原発事故の作業現場でも)では、もう3ヵ月も、できない我慢を強いられている。
そして、先の見えない中、その苦しみはまだまだ続くのだ。
本当は、政治家・個人個人は、何を優先すべきかを、みんな分かっているはずだ。
それでも、政権抗争に固執するのは、権力を握り、選挙に勝たなければ、政治家としての全てを失うからに他ならない。
しかし、小泉劇場以来、一般人でも政治に興味を持ち、少しは勉強したのだ。
この非常時に、どの政治家が、何を言い、どのように行動したかを、有権者としてしっかり見ている。
目先の権力に固執するあまり、国民を馬鹿にして、被災者をないがしろにしていると、本当に選挙が来た時に、手痛いしっぺ返しを食うだろう。
では、また。