失われた44年間。 | stockracerの雑記録

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 大震災の影響で延期されていた布川事件の再審・第一審は、昨日判決公判が行われ、既報の通り、2人の被告に無罪が言い渡された。

検察側が新たな証拠を提示することは難しいと見られる為、このまま無罪が確定する見込みとなった。


 記憶に新しい足利の事件にしても、今回の件にしても、いったい、何時になったら、冤罪が無くなるのだろう?

人生で一番力がみなぎっていて、光り輝いている時期を、自分には全く責任のない冤罪などというもので、自由を拘束され、好奇の目に晒されなければならなかった怒りや悔しさは、どんな謝罪や補償を受けても納得させられることはないだろう。

彼らが失った若さや時間は、2度と取り戻すことはできないのだ。

願わくば、国には2人に最大限の補償をしてほしい。

責任の追及や請求の有無にかかわらず、これだけは、でき得る限り早くやってもらいたい。

2人には、仕事でも、遊びでも、趣味でも、恋愛でも、何でも好きな事をやってほしい。

失われた44年は戻ってこないけど、20代がやることから60代,それ以上がやることまで、人の眼なんて気にしないで、何にでも手を出して、人生を思いっきり楽しんでほしい。

これからの人生が、そうであってほしいと切に願う。


 冤罪が問題になると、必ず指摘されることがある。

例えば、被疑者の自白は、信用性の高いものなのか取調官に強要されたものなのかについて。

取り調べを受けたことのない僕には、自白の強要なんてドラマや小説の中だけのものであって、現実にはあってはならないと思ってきたが、これだけ冤罪問題が出てくるのだから、警察・検察が認めなくても、実際に行われていることは間違いない。

昨今は、世論を巻き込んで、取り調べの可視化の方向へ動きつつあるので、今回の無罪判決が、その追い風となればいいと思う。

又、警察・検察・裁判所の高すぎるプライドも、問題だ。

誰だって、事件やトラブルに巻き込まれた時に、頼りにするのは警察であり、裁判になれば、検察や裁判所の世話になることもある。

そういう意味では、専門的な技量や知識を持つ、3つの組織には敬意を払うし感謝もしている。

しかし、人間のやることは万能ではないのだから、間違うことは当然あるわけで、誤認逮捕もあれば、誤って起訴することもあるし、無実の罪で有罪判決を言い渡すことだってある。

だが、殺人罪に時効が無くなったように、時代は変化している。

捜査技術も科学も進歩しているはずだし、新しい証言だって、出てくるかもしれない。

その過程で、間違いに気づけば、直ぐに公にした上で正せばいいものを、面子が先に立って、それができないのが問題なのだ。

だから、証拠の捏造や隠蔽が起こるのだ。

この、悪い意味で、独特の体質が変わらない限り、残念だが、冤罪事件はこれからも起こると言わざるを得ない。


 これから、どうか2人のプライバシーが守られますように、それが一番の気がかりだ。


 では、また。