会社で毎日頑張って働いてくれている労働者が、うっかり仕事中に交通事故などを起こして他者に損害を与えることは少ないかもしれませんがあり得ます。

 

この場合、会社は使用者責任(民法715条)がありますので、被害者に対して損害を賠償する責任が発生します。そして賠償した使用者は、労働者に対して求償(民法715条3項)することができますし、自社が受けた損害(例えば車が壊れたなど)の賠償も求める事が出来ます。ここで問題になるのは、求償や損害賠償がどれくらいの範囲で認められるものなのかです。ちなみに労基法16条は損害賠償額の予定を禁止しているのであって、現実に使用者に発生した損害の賠償請求は否定していません。

 

会社から労働者に対して求償と損害賠償が請求された事案で、「茨城石炭商事事件」があります。この判例では「使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において被用者に対し損害の賠償又は求償の請求をすることができる。」として、会社が請求できる額は損害の4分の1を限度すべきものと判断しました。このような信義則上相当と認められる範囲に損害賠償額を減額する法理を「損害賠償額責任制限法理」と言います。(もっとも労働者の故意やそれに準じる悪質性のある場合はこの法理は適用されません。)

 

労働者に対する損害賠償が広く認められてしまうと、労働者の人間的な生活を否定することになり、生存権やひとの尊厳の理念に反する結果になります。また会社を経営すると、様々なリスクが発生します。労務提供によるリスクもそれに含まれます。そのリスク対策にかかる費用は使用者が負担すべきものとも考えられます。

 

損害が発生してしまうと、場合によっては労働者から回収できないほどの高額な負担額が発生するかもしれません。それに備えて教育の徹底や損害保険の加入等による危機管理が必要です。