このブログは労働、働くことに関する事柄をテーマに書いていることが多いですが、今回は「働くこと」そのものについて書こうと思います。ズバリ、就労請求権についてです。
労働契約とは労働者が使用者の事業に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことを合意する契約と定義されます。そして労働することから見ると債権者は使用者、債務者は労働者になります。賃金をもらうことから見ると債権者は労働者、債務者は使用者になります。このように契約することでお互いに権利と義務が発生するので、労働契約は双務契約になります。働くことは義務になるのですが、逆にこれが権利になり得るか、すなわち就労請求権が認められるかという問題が出てくることがあります。
判例において一般的に就労請求権は否定されています。就労請求権で有名な「読売新聞社事件」では「一般的には労働者は就労請求権を有するものではない」と判示されています。判例の論拠は「労務提供は労働者の義務であって権利でない」という民法(債権法)の原則によります。
しかしこの考え方には批判もあり、判例とは逆に就労請求権を肯定する論者も多いです。肯定する考えの一例として、「労働とは賃金を得るだけでなく、それにより人格を高めて自己実現に結び付く手段でもあるので権利として保護される必要がある」というものがあります。
実際に就労請求権を認めた判例もあります。例えば調理人として技量の低下を防ぐ特別な利益があるとして、例外的に就労請求権を肯定したケースがあります(レストラン・スイス事件)。しかし特殊な条件が認められた例外ケースであって、やはり一般的には就労請求権は認められないと解しておくべきでしょう。