一般的に「懲戒解雇されれば退職金は無し」みたいな話は聞いたことがある方もいらっしゃると思います。悪いことしてクビになったのだから当然だ、と思われるかもしれませんが、実際はなかなか全額不支給は認められません。

 

退職する際に、相当な金額の退職金が支払われるのは我が国と特徴です。法的性質は①賃金の後払い、②功労報奨、③退職後の生活保障とされています。また、就業規則等に制度化されている場合は賃金であるとされます。

 

懲戒解雇による退職金減額で争われた裁判で、小田急電鉄(退職金請求)事件があります。事件の概要は以下の通りです。

(1)電鉄会社に勤務していた職員は,勤務していた間に再三にわたり打者の電車内で痴漢行為を行い検挙されていた。過去の事犯は罰金刑で処理されていた。
(2)電鉄会社は,痴漢撲滅運動に取り組んでいたところ,職員は,再び痴漢行為を行った。逮捕され過去の犯罪がすべて明らかになり、執行猶予付きの有罪判決を受けた。そのため電鉄会社は,就業規則に基づき職員を懲戒解雇した。
(3)電鉄会社は職員に対して,退職金を支払わなかった。
(4)懲戒解雇された職員は,退職金の支払い等を求めて提訴した。

 

裁判所は以下の理由で退職金額の3割を電鉄会社に命じました。

①本件のように,退職金支給規則に基づき,給与及び勤続年数を基準として,支給条件が明確に規定されている場合には,その退職金は,賃金の後払い的な意味合いが強い。
②賃金の後払い的要素の強い退職金について,その退職金全額を不支給とするには,それが当該労働者の永年の勤続の功を抹消してしまうほどの重大な不信行為があることが必要である。横領や背任など会社に対する直接の背信行為ではない職務外の非違行為の場合には、特に強度の背任性が必要である。
③本件行為が職務外の行為であっても,痴漢撲滅に取り組む電鉄会社にとり,相当の不信行為であることは否定できないのであるから,本来支給されるべき退職金のうち,一定割合での支給が認められるべきである。

④本件は職務外の非違行為で、支給される割合は行為の性格や内容、当該労働者の勤務態度等の諸事情を考慮して本来の退職金額の3割を支給するのが相当である。

 

本判決は横領・背任などの直接的背信行為と職務外の非違行為を区別し、後者の場合に退職金不支給とするためには、「強度の背任性」が必要であるとした点に特徴があります。

 

なお、退職金不支給事案で(偶然でしょうが)別件で小田急電鉄事件があります。労働者が覚せい剤を購入し、吸引したことで逮捕され、有罪判決を受けたことで会社が懲戒解雇、退職金不支給とした。これに対し、労働者が不当だとして争われた事件です。本件では退職金不支給は有効とされました。覚せい剤という犯罪行為は相当重いものであることや、覚せい剤を摂取した状態で勤務していたことが明らかであること、などが理由です。