橋下知事の「報道の自由を与える意味はない」は正しい | リストラも怖くない!情報起業で副業成功!

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橋下知事が、大阪市議会議員選挙で維新の会が過半数取れなかったことに関し、有権者が判断できるような報道ができていないマスコミに対して、報道の自由を与える意味はないと発言。

第一党になってもすっかり敗軍の将のような発言だが、大阪都構想はあきらめることはないと思う。大阪府民も大阪市民もわかっているはず。次の大阪市長選挙では大阪維新の会が勝つだろう。


さて、そのマスコミに報道の自由を与える意味はないという発言について。


日本のマスコミに報道の自由はあるのだろうか。

主にテレビに関して言えば、自由以前にその自由を享受できるほどまだ成熟していないという状態ではないのか。


自由の歴史の長いヨーロッパと比べて、日本はまだ76年。京都の人の言葉を借りればまだまだよそ者。自由の意味をわかっていない。


自由には責任が伴う。日本のマスコミには責任感など全く感じられない。子供の証拠だ。

日本国民に対する責任感を使命として報道できるようになるのは、まだ100年ほどかかりそうだ。そんなマスコミに期待してはいけない。

選挙に関して言えば、いち早く公職選挙法を改正してマスコミに頼らない選挙活動をできるようにすること。早く大人になるためにはこれしかない。

原発の報道でも本当に責任感の無い報道の繰り返し。誰がバラエティーにすることを望んでいるんだ?いつ某国のような規制された報道を望んだ?マスコミもいっそ外資に買われた方がいいのではないかと思えるほどだ。