IAEAが3月30日に飯舘村からIAEAの避難基準の2倍の放射性物質を検出して、避難検討を助言したことに対し、日本政府は日本の分析のほうが正確だとして応じなかった。
この場合、正確かどうかはさておき、避難に値する放射性物質が検出されたことは事実。
日本の分析のほうが正確なのかどうかはこの際問題ではない。問題なのはその分析は何のために行っているかということ。
住民の安全安心のために行っているのではないことはこれではっきりした。
数値の遊びをしているような対応から、住民への配慮は感じられない。IAEAは利害関係のない集団。対して、日本の数値は利害関係があるのではないかと疑われるような対応。
この場合、どちらを信じればいいのかは歴然だろう。
今は、飯舘村の住民は避難したほうがいいのか、避難しなくていいのかが最も大切な問題。どちらの数字が正確かは問題ではなく、放射性物質の影響が少なくなるまで一時避難して戻ってくる対応がなぜとれないのか。
1日に、飯舘村の放射性物質の数字がIAEAの基準以下になったとまるで鬼の首をとったかのような報道。
問題はそうではない。
基準以下になったということではなく、それまで本当にそこにいてもよかったのかどうか。
何も正確な情報を出そうとしないで、自分たちのほうが正確だと突っぱねても住民不在の単なる数字。
今すぐ、常時観測できて、誰でもいつでも参考にできる数字をオープンする。それこそが住民に対する最も安心できる対応だ。それでこそ旧ソ連と違うといえることではないのか。