久しぶりにブログを書いた。 
今日の礼拝は、私たちの教会の牧師先生が、3週間振りにアメリカのセミナーから帰って来られて、説教台に立たれた。
その間は、神学校に籍を置く信徒さんたちが、交代でメッセージを語った。それぞれ個性ある説教で、恩恵を頂いた。
今日の説教のテーマは、マタイ9:5-6の聖句を用いて「権威」と言うタイトルであった。長い1時間45分の説教で、繰り返しが多くて早く終わって欲しいと言う感じ(私の個人的感想
)もあったが、何故か力があって終わって見たら、聖霊に満たされた感じがした。
そう言えばこの教会は、韓国人の牧師先生と言う事もあって、普段から日本の他の教会とは違う雰囲気があった。
今まで、よく韓国から色んな牧師先生を招いて、集会をして来たが、来られた先生方が異口同音に、この教会は韓国の教会みたいだと言っておられた。
さて説教の内容は、「起きて歩けと言うのと、あなたの罪は赦されたと言うのと、どちらが易しいか」(マタイ9:5-6)と言う問いかけに対して、パリサイ人や律法学者が、「罪を赦す権威は、神様にしか無い。それを言う事は神聖冒瀆だ」(マタイ9:3 参照)と批判した。
イエス様は、敢えて大衆の面前で、「わたしは罪を赦す権威を持つ神である」(ルカ2:10 参照)ことを宣言して、「罪の報酬は死である。」
(ロマ6:23) それから救われたい者は、わたしのもとに来なさいと言っておられる。
その内容を、繰り返し繰り返し大きな声で話されるのだが、何かそこに力を感じて、不思議に聖霊様の満たしを感じた。
人生の中で、イエス様に出会えた人は、十字架上の右側の強盗が「あなたは、今日わたしと共にパラダイスにいます」(ルカ23:43)と言われて、救われたが、イエス様に出会えなければ、永遠の地獄に入る事になる。その事を残された人生の中で、声高に語りなさいと言われた。
しばらく、ブログを上げることが出来なかったが、今日、久しぶりに聖霊様が働かれたのか、この内容を挙げてみようと言う気になった。