ただいま吟味中のためよくわかりませんが、経営に活かせるのでしょうか?人間は利害で動くことを前提に法律で組織を運営していく。
-昔、韓の昭候が酒によってうたた寝をした。側に控えていた冠役が、気を利かして衣を君の身体の上にかけておいた。昭候は目覚めて衣がかけてあるのを喜び、左右の臣に「誰がかけてくれたのか」と尋ねた。左右の臣は「冠役でございます」と答えた。-すると昭候は、冠役と衣服掛を二人とも処罰した。衣服掛けを罰したのは、彼が自分の職務を怠り、主君に衣を掛けるのを忘れたからである。冠役を処罰したのは、他人の職務を侵す越権行為をしたからである。―(「韓非子の帝王学」プレジデント社)
時代の違いを考慮してもこれを良い事例と考えるのはあまりに法を過信しているように思えます。ただ言いたいこともわかります。この衣掛けの一件では問題なかったが、こういった職務を逸脱する行為が組織をダメにするきっかけになる、というのも。
これを形名参同といいますが、臣下の進言(すなわち主君との約束)を「名」、それにもとづいて実際に臣下があげた成果を「刑(じつは形)」であり、この両者をつきあわせて検査することが「参同」・・・この成績評価の方法においては、名と刑との完全な一致を求めるのが特色。約束より大きい成果を上げたものも罰を受ける。その理由は成果の多少よりも臣下の越権行為の害のほうを重大事態と考えるからである。(同)・・・とあります。
この話では「越権行為を恐れて」となっていますが、例えば売り上げ目標よりも過大な成果を上げた場合を想像すると別の形で教訓が得られそうです。売り上げ目標より、結果のほうが過大であっても過少であっても結局予想を外れたという点では同じです。経営を八卦のように占い任せにはできませんから、予想が外れた点は過少であったとき同様の厳しいチェックが必要になります。
大戦果!大勝利!と思って予想が外れたことを吟味できないことは将来の大敗を招くものです。形名参同は当初の意味とは違った意味で参考になる例示であるように思えます。