日銀が、金融緩和の施策を打ち出した途端に、株価は上昇・・・。
行政は、私達下々の暮らしにすぐにそして長く影響します。
ただ、企業の業績の実態と乖離した株の値動きは、過去にも○○恐慌、△△崩壊と、急転直下の憂き目となります。
お金は貯めるものではなく、使ってこそ意味があると思います。
その動きが、経済という大きな言葉のくくりになるのかなあ・・・。
私は昔風(?)なので、収入を超える支出はなるべく避けたいと常々思っています。例えば、使えるお金が月に10万円ならば、支出は9万7千円におさえて、
3千円を貯蓄にというタイプです。これも言うは易し、行うは難しで・・・。
この10年は、収入より支出が多く、要は、タコの足食い状態です。
こういう時期も長い人生のうちでは、仕方がないことと諦めています。世の中のお金を回すという役割を身の丈以上のレベルで貢献しています。
ただこれも、その昔の日々の倹約があってのことで・・・。本当にお金を使わなければならない時に手元になければ、・・・・・・・です。
その庶民の倹約の末の元手も、お金の価値が下がれば江戸時代の藩札状態となります。
団塊世代が労働人口から、年金世代に移行して、名前は保険料、消費税と
様々ですが、収入から予め差し引かれる金額が増え、税負担と保険料の負担増のわりに給付の質と行政サービスの質は落ちるばかりです。
「ゆりかごから墓場まで」という手厚い社会保障は、設計そのものが無理だとは理解できます。が、世の中が少しずつ底上げしていければ、社会に希望がありますが、現状はその反対です。
老後破産という言葉が、最近になってよく聞こえてきます。
ギャンブル、放蕩の限りをつくしたわけでなく、真っ当に生きてきた人でさえ、
人生の後半で経済的な危機に陥るのは、行政の施策不足・・・・。
老後の生活が、働き盛りの時のレベルというわけにはいかないまでも、電気が止まる、具合が悪くても病院に行けない、三度の食事がままならない・・・
果たして株価の上昇が、この根深い経済の困窮を和らげる手だてになるのか、
私には????です。
労働人口減少の特効薬がないのですから、経済全体のダウンサイズを受け入れてもよいのでは・・・・。クラッシュだけは避けたい!
私より年上の知人が、「昔のような生活をおくれば、そんなにお金はいらない。」とよく言っていました。携帯、エアコン、自家用車は勿論、冷蔵庫、家の電話、テレビさえなかった時代・・・。そんなに遠くない昔、私でさえ鮮明にその当時のことを覚えています。
そこまでダウンサイズする必要もなく、また今さらできるわけもないことですが、もう少しシンプルに暮らしても良いかと思います。
シャボン玉は、いくら大きくてもアッという間に消えてしまいます。
シャボン玉が、沢山宙を舞うのは綺麗なのですが・・・・・。
「秋あかり」という季節限定の美酒です。
民宿の「ひらのや」さんで、最後の一杯をいただきました。
