おばちゃん社労士奮戦記 -29ページ目

おばちゃん社労士奮戦記

夫婦で開業社労士をしています。
事業主、従業員の皆様が、もっと元気になって欲しいと思って日々努力しています。
一緒に仕事をする方々から、「ありがとう」と言っていただけるように、頑張りますので、よろしくお願いします。

 最近はめったに千葉県から、外に出ることはありません。

理由は顧問先の事業所がすべて県内なのと、仕事の段取りが悪く、とにかく忙しい・・・・!


 東京へ大好きな観劇、コンサートに行く心のゆとりもなく、また、東京でのセミナーもパス状態でした。


 本当に久しぶりに川を越えて、はなのお江戸に行ってきました。

開業塾の同期会の集まりです。奥田先生もご多忙中にもかかわらず、ご参加いただいたので、「場」も締まりました。


 私がお世話になった七期は開業社労士が多く、勤務社労士の方も現役のバリバリなので、「皆、頑張っているんだ。私も、遅れをとってはならぬ!」と、そういう気分に集まりの後は思うメンバーです。

 勿論、わからないことはお互いに教え合いで・・・・。

とても、良い関係です。年齢、性別はさまざまでも、開業した時がよーいドンなので、ピヨピヨのひよこ状態から徐々に成長しておられるのが、会うたびにわかります。


 私は宴席は得意ではありませんが、この同期会だけは100%楽しくて仕方ありません。男女の比率も、この男性上位の社労士の世界には珍しくほぼ同率なので、雰囲気も華やかです。


 お腹がよじれるくらい笑ったのは、久しくなかったと・・・・。

普段の生活は、自分でもかなり眉間にしわをよせて事にあたっていますから、

「笑う門には福来る」のご利益をいただけそうな宴でした。


 幹事も輪番制なので、一人に負担がかかることもありません。

自然と「次は、私が幹事を・・・。」と名乗りをあげてくれます。

 こういう会は、緩く、長く続きます。


 この輪番制、私はかの有名な開成高校のお母様の会が、取り入れていることを、友人の人から聞いたのが始まりです。我が息子は、こちらの学校に記念受験さえできる成績ではありませんでしたので、その保護者の結束の強さを知る機会には恵まれていません。息子を開成に入れるお母様なので、その能力が高くというのは、短絡的な発想ですが、私の友人の能力は高かったと思います。
 そして、その息子さんは、当時社宅でご一緒だった縁から、何と私が幼少の

彼にピアノを教えていました。当時、自宅でピアノ、塾では英語を教える仕事をしていたのですが、このお子さんの印象は鮮明でした。

 幼稚園の年長さんでしたが、私が新しいことを言う時はお顔を私に向けて

まっすぐ私の目を見て、聞きます。そして、一度言ったことは二度、絶対に言わせない!クレッシェンド、ディクレシェンド、フェルマーター、こんな覚えにくいことも、一度で覚えてちゃんと実践してくれました。

長じてこのお子さんは、東大に進学されました。


 その後、私にも息子が家族に加わりましたが、いやはや、我が子にものを教えるにつき、その覚えの悪さにいつも、この過去の素晴らしい弟子のまっすぐな

眼が思いだされます。


 自分を含めて家族を、人と比べるのはご法度です・・・・。

でも、私は人格者ではないので、ついつい、我が家の構成員の不甲斐なさを

よそ様の良きお話しと比べてしまいます。


 まあ、よそ様の芝生は青い・・・。

でも、先方からは我が家の芝生も青いのかもしれません。


 めでたさも中くらいで、手打ちとするのが一番です。

ただ、過日の宴は、めでたさも最上階レベルだったので、終電での帰還となりました。

 一人晩酌の主人は、深い眠りの中で、「おかえり」の声もありませんでした。





我が家の新メニューです。

おそうめんに豚の冷しゃぶ、茄子は油であげたのを

のせます。きゅうり、ミョウガ、生姜、浅葱は、お好みで・・・。

市販のつゆを水で薄めて、いただきました。

この手間のかかる料理を、主人は昼食に要求!

前夜が、終電だったので、渋々受け入れました。

でも、一口食べると、まことに美味!