おばちゃん社労士奮戦記 -12ページ目

おばちゃん社労士奮戦記

夫婦で開業社労士をしています。
事業主、従業員の皆様が、もっと元気になって欲しいと思って日々努力しています。
一緒に仕事をする方々から、「ありがとう」と言っていただけるように、頑張りますので、よろしくお願いします。

 恥ずかしながら、被災地へ初めてうかがいました。

福島県へは、昨年親族の仏事があったので訪れてはいましたが、会津であったので・・・・。

福島県は、北海道、岩手につぐ面積の県なので広く、会津には震災の影響は日帰りでは気づくことはありませんでした。


 今回は、震災後、原発の影響で閉鎖されていた国道が開通されたこと、現地の方のご厚意でバスで被災地の様子を説明していただいたことで、報道では知らなかったことも教えていただきました。


 私の友人には、福島県を郷里にされる方が多く、皆さん、ご親族を訪れるので、報道と現地の実際は違うと異口同音でした。

 マスコミは、オブラートに包む部分、過度に強調する部分あり・・・。

それはマスコミとても、読む人、見る人の数の多さも重要な生命線ですから、

仕方のないことではあります。

昨今のように次々に大きな事件が起こるので、紙面、報道できる時間の制約もあります。意図的に悪意がなければ、報道の質まで糾弾するのも・・・・気の毒。


 原発の二号機も、遠目ではありますが、見ることができました。

周辺の住宅は、地震による被害ではなく、長く主がいないことによる家屋のいたみが見てとれました。


 津波が道路ひとつで、押し寄せる押し寄せなかったことが、街並みからも明らかでした。津波の被害をうけられたところは、車も横転したままの状態です。

時計も津波の時間で、止まっていました。


 それでも復興の様子は、確かにありました。

全国から集まってきた建設関係の方の宿舎が建てられ、そこに居住しながら、現場へ通われる。通う交通手段は、特別なバスです。バスの運転手さんは、

危険手当がつくので、月収50万円とのことです。

 建設現場で働く方も、同じように危険手当がついているのかと思います。

関西、北海道の建設関係の方が多く、就労されているそうです。


 町に営業するお店はなく、唯一コンビニだけがありました。

理由は、建設現場の方のお弁当提供です。宿舎があるのですから、そこでまかない付きにすればと思いましたが、労働基準法の寄宿舎の法のしばりがあるので、なかなか難しいと、案内役の方が教えてくださいました。


 除染の黒い袋が、いたるところにありました。


 原発さえなければ、とうに復興している地域です。

それでも、田んぼに稲が実っていました。

 福島の友人のご主人は、毎年田植えと稲刈りの時季は、郷里にお手伝いに行かれていましたが、震災の年は、田畑はあっても農作業はできないと、嘆いておられました。

その時のことを思いかえせば、復興の歩みはあります。


 誰に責任があるかと、便利さに有頂天になっている私にもあります。

電力は、天から与えられるものではなく、大きな代償を支払って得るものです。

 火力発電とても、地球温暖化の原因です。

 ダムの建設は、いくつもの集落を水没させます。


便利になることが、人の幸福に直結しない・・・それがわかったのは、半世紀も

人間をやってのことです。

 さてこれからどうするか!

シンプルに生活をダウンサイズして、そんな小さなことしかできません。


 私の友人も皆そうですが、福島県の方は穏やかで辛抱強いと、今回の短い滞在でも感じました。

 これも、見習わなければと思います。




電車が通ることのない駅です。