「自分と違うところ」を認め合う
平等というと、全員が等しく同じでなければいけないと思う人がいるかもしれませんが、それはちょっと違う。
小学校の運動会で、徒競走の順位をつけず、子供達に手をつないでゴールさせて平等を標榜していることもあるようですが、これは意味を取り違えています。
自分の持っている力や才能を、それぞれが存分に発揮する。それが平等です。

だから、「なぜ、あいつは日の当たるポジションで俺は日陰なのか。こんな扱いは不平等だ」などと嘆くのはお門違い。10人いれば10人とも力も能力も違うし、立場だって違います。
自分が今いるところで、自分の分をしっかり見据え、存分の力を出し、持っている才能を活かせれば、それでいいのです。「あいつ」も自分の場所で同じように力を発揮しているのだから、お互い平等ではありませんか。
人は人を貫き、吾は吾を貫く。 その平等を壊しているのは、もしかして、吾を貫かないでいる、あなたでは・・・
「禅 心の大そうじ」より













