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スカッシュコーチGのブログ

スカッシュコーチの悲哀を綴ったサクセスストーリー
になるはずが、いつのまにやら禅の道に迷い込み・・・

最近、心を鍛えるということは、強いとか弱いとかそういうことではないと、最近考えるようになりました。これは禅から学んだことなのですけどね。

そもそも禅というものを中国より伝来した僧の一人、道元禅師は幼い頃に母君を亡くし、「どうして人は亡くなってから極楽浄土を願うのか。生きている時にこそ、極楽浄土を願うべきではないのか」という疑問から、中国に渡り、その術を会得するために修行をしたそうです。

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苦しいこと、悲しいことに出会うたびに、人はそれを乗り越えてこそ、強くなるということもあるのでしょうが、出会ったことの受け止め方次第で、それは如何ようにでも受け止めることができる。

それが一切の苦悩なく、あるがままにとらえることができた時、その心は一切の苦厄から解き放たれるといいます。

そのようなことを、日々の生活の中で出会うことに対して、それをどう受け止めるかを実践してみる、これが私の心の鍛え方ということになります。

そのような日々を送っていると、何か垣間見えてくるものがきっとあります。それを糸口に自分の心と向き合ってみる、そんな修行をしています。

                           禅小龍Gでした。。


今朝のテレビで知りました。
トイレの神様という歌が、FMに流れて以降、大ブームになっていると。

その歌手、植村花菜はかなりの美人。兵庫県川西市出身というのも、親近感がわきます。
その最新アルバムには「猪名川」という曲も。

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私の住む池田市と川西市の境を流れる猪名川。超ローカルな川が、大ヒットの予感するトイレの神様と同じアルバムに。

なんでも「千の風にのって」のようなブームになるのではないかと予測する人もいたりして。

初めて聞いた人のほとんどが、号泣したとか。テレビでは辛坊さんも車の運転しながら、号泣したとのこと。

確かに、情景が走馬灯のように浮かぶ歌詞は秀逸で、おばあちゃんとの別れのくだりは、私も、父の時を思い出したくらい(泣)

着うたフルはまだないのですが、YouTubeでは流れているそうです。1曲10分という長い曲ですが、そこには誰もが通ってきた時代があります。

ストリートミュージシャン出身という彼女、大ブレイクの兆しですね。
川の上流では、まだ水の量は少なく、川底の大きな石にぶつかってはザワザワと音をたてて流れていきます。

それが、山の斜面を流れたり、ときには滝となって流れ落ちたりしながら、どんどん広がり多くの水を蓄えるようになります。さらに、海に近い下流となると、もっと大きくなり深みも増します。

その川底では、速い流れになっているといっても、川面だけを見ていると、ゆったりとして静かに流れていくのです。そんな川は、どんなものでも受け入れるような雄大さをたたえているように見えます。

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それは、ひょっとしたら上流や中流での、さまざまな険しい場所を通ってきた経験があるからこそなのかも知れません。

私たち人間も、何か困難な状況に出会うたびに、あらがってがんばろうとします。そして、それを乗り越えたり、ときには自分の力の限界に直面したりするということを繰り返していくのです。

ときには、その困難に屈することになるかも知れません。 落ち込んで、もう立ち上がれないほどになることもあるでしょう。

しかし、だからこそ見えてくるものもあるのです。

ひとつだけ確実に言えることは、どんなことを経験しようとも、そのたびに私たちは大きくなっているということです。

負けることが決して諦めることでもないし、弱みを見せることが必ずしも失敗ではないのです。

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また、無理やりに何かに決着をつけたりすることが強さの証明だとも限らないし、握ったものを手放した方が、かえって多くのものを手に入れたりすることにもなるのです。

それどころか、傷つくことが内面の強さを作り出したり、柔軟な姿勢が本当の信念を現すということもあるでしょう。

それも、いろいろな苦しみや困難に出会ってきたからなのではないでしょうか。

それがわかれば、いくら大きな心の傷があったとしても癒され、また前に向かって進んでいくことができるのです。


     静かにそして力強く、人生、川の流れの如く。G

水月公園の桜も、いよいよ、ひらりひらひらと風にのって、散り始めました。

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今日は雨模様、一気に散っていきますね。

次は、青葉が芽を出して、葉桜満開ですγ(▽´ )ツヾ( `▽)ゞ

昨日は、ジムでの鍛錬メニューを新しくして、2回目。先週は、最後のプログラムで、珍しく低血糖に近い症状になり「このメニューはかなりきついかも」・・・と思っていたのですが。

昨日は最後には、太もも全体に乳酸がたまり、足が上げづらくなるほど、効きました(泣)
これに慣れると、また肉体改造が進みそう(笑)

                 どこまでいくんだ?還暦前に。Gでした。。
戦国時代の茶人であった細川幽斎は、茶道の奥伝の一つとして「重きものは軽く扱え」といった言葉を残しています。

あまりにも複雑に物事を考えたり、突き詰めたりすると、それだけしか見えなくなってしまいます。すると、正面しか見えない競走馬のように、見えないものを追い続けようと頑張ってしまいます。

「今より、もっと良くならなくてはならない」「偉くならなくては」「いつも正しくなくては」

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そうしている内に、なんのために頑張っているのかさえも、わからなくなってしまい、そこから逃れるためには、やっぱり頑張るしか方法が見あたらないのです。

そんな時は、こんなふうに考えてみてください。
私たちの前を通り過ぎる人たち、出来事などは、こちらが何と思おうと、ただ存在しているだけなのです。

これほどシンプルなことはないのに、それを複雑に捉えてしまうと「あいつさえいなければ、もっと楽しく生きられるのに」「何で、私はいつもツイていないんだ」と考えこんでしまいます。

これはいい、これはダメ。こうあらねばならない、こうしなければならない。そんなものさしで、ものごとを測っていると、そのものの本質をあるがままに見ることができなくなってしまいます。

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でも、私たちが、あるがままでいられるのは、世間をあるがままに見ている時だけなのです。

幽斎が残したもうひとつの奥伝は、「軽きものは重く扱え」です。

頑張ることは素晴らしいことです。でも、何のために頑張るのかを見失ってしまうと、疲れきってしまいます。

もっとシンプルに考えて、自分がやりたいこと好きなことを楽しみましょう。ねっ、そういうことは、いくら頑張っても疲れることはないでしょ。。。

                   スカッシュは楽しいけど疲れます・・・G



今日4月8日は花まつり。お釈迦さまの誕生日、そしてコーチGの誕生日でもあります(笑)

花まつりの由来を調べてみました。

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花まつりの日には、草花で飾ったお堂の中に、右手で天を左手で地を指さした天上天下唯我独尊の姿の誕生仏を安置して、その像に甘茶をかけて祝います。

甘茶をかけるのは、釈迦の誕生の時、産湯のために九頭の竜が、天から清らかな水を注いだという伝説に由来するという説があるのだそうです。

花まつりの名は、4月8日は桜が満開になる頃であることから採用された呼名で、宗派を問わず用いられているのだそうです。

私が幼稚園に通っていた頃は、お寺さんの幼稚園だったので、花まつりがあり、ついでに私もお祝いされたような?かすかな記憶があります。

また、私が生まれたばかりの頃は、眉間に丸いアザのようなものがあったんだそうです。そう、釈迦如来さまの眉間にあるものと同じようにです(驚) 今は消えてますけど・・・

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おまけ話・・・
「おしゃかになる」という言い方がありますが、これは江戸の鍛冶職人が、火が強すぎて使い物にならなくなった金物に、江戸っ子訛りで「しがつよかった(火が強かった)→四月八日った→釈迦の誕生日」というつながりから出たと言われているようです(驚)


生粋の三代目江戸っ子Gでした。。

「なに不自由なく育てられた子供は、大きくなるととても不自由になってしまうのです。」

やりたいことが何でもでき、欲しいものはすべて手に入り、食べたいものだけを食べて育っては、自分の欲望というものを抑えることが難しくなるのです。

そのまま大きくなって、いろんな人との関係で成り立つ社会に出ていったとしたら、どうなるでしょうか。

何でも思い通りになっていた家の中とは違って、きっととても不自由極まりないことになってしまうでしょう。

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本当の自由とは、何でも自分の思い通りになるということではなくて、今の環境の中で、自分がやろうと思うことを、自分の意志で選択できるという自由のことをいうのではないでしょうか。

もちろん何かを選ぶということは、それ以外のものを選ばないということになります。

そして、自分が選んだことに対しては、良いことでも嫌なことでも、全ては自分にかかってくるのです。

それを「他のものを捨てたくない」「責任や義務を負うのは嫌だ」と思うと「不自由」になってしまいます。

それは、何でも何不自由なくしたいという考え方ですね。でも「自分の選んだ可能性を自分の力でやっていこう」と思うこともできます。

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それは、とても厳しい道かも知れませんが、「不自由」を克服してこそ、本当の「自由」を手にすることができるのではないでしょうか。

テニスをする時に、いくら勝ちたいからといって、弱い相手とばかり試合をしていては、その時は気持ちがいいかも知れませんが、結局は上達しません。

自分と同じくらいの腕か少し上の相手と対戦すれば、思い通りにいくはずもなくて、いろいろ苦しいことや辛いことがあるでしょうし、コテンパンにやられてしまうこともあるかも知れません。

でも、それを「不自由」だと思わずに楽しんでみれば、その経験から、いろいろなことを学ぶことができるでしょう。「自由」とは、誰かから与えられるものではなく、自分で選ぶものなのです。


コーチは、上達を目の前で見られるという自由があります。G

テレビを見ようとスイッチを入れたら、面白くない番組をやっていました。そんな時は、さっさとチャンネルを切り替えて、もっと楽しそうな番組をみつけようとしますね。

テレビのチャンネルは、いくつもあるのですから、探してみればどこかに楽しい番組があるはずです。

ところが、日常生活の中では、ずっとチャンネルを変えることもなく、いつまでも面白くない番組を見続けている人もいるようです。

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たとえば、もうすんでしまった過去の失敗や嫌な思い出を、いつまでも悔やんでいるような人です。

「あのとき、ああすればよかった」「あいつだけは絶対に許せない」などと、いつも心の中で、過去の同じ番組を繰り返し見続けている人です。

ひょっとしたら、そんな人は、他にもっと面白い番組や、ワクワクするような映画を放送しているチャンネルがあることを忘れてしまっているのかも知れません。

そんな人たちにとって、過去の出来事は絶対に変えることの出来ないものだと思い込んでいるのでしょう。

でも、本当は過去だって、変えることができるのです。もちろん、過去に起こった事実は変えることはできません。過去にもどってもう一度やり直すということも不可能です。

過去を変えるとは、過去の体験への受けとめ方を変えるということです。

「あんなことがなかったら…」と思える失敗でも「あの経験があったから、いろいろ学ぶことができた」と受けとめることもできるのです。

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それは、自分の心をどのチャンネルに合わせているかということに、関わってくるのです。

過去の中にいつまでも生きていても、何も変わることはありません。

今、あなたが見ている番組は、楽しいものですか?もし、そうでないとしたら、ちょっと手を伸ばして、チャンネルを切り替えてみませんか。

あなたにとって、もっとすばらしい番組がいくらでもあるはずです。それにチャンネルを合わせて、思いっきり今を楽しむことですね。

            最近は仏像拝見のチャンネルが多いGでした。。。



完全にリラックスしている時というのは、怒りや悲しみの感情の波に翻弄されることなく、本来の自分自身でいられることができます。

逆に強い感情は、私たちの身体を緊張させます。

軽い緊張なら、お風呂に入ったり音楽を聴いたりしてリラックスすれば、溶けてどこかへ行ってしまうでしょうが、でも、ずっと持ち続けている慢性的な「凝り」はどうなのでしょう。

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その凝りは、きっと怒りや悲しみなどの強い感情が、どこにも行き場がなくて、しがみついているから感じてしまうのではないでしょうか。

また凝る部位によっても、意味があるようです。たとえば、肩が凝るなら、大きな責任を肩に背負って苦しんでいるということかも知れませんし、首なら、あれもしなくちゃこれもしなくちゃ、と多くの仕事を抱え込んで悩んでいるということも考えられますね。

そんな凝りが、自分を縛りつけているということも、よくあるのです。もし、そんな凝りを持っているとしたら、そんな重い感覚を手放してみましょう。

たとえば、凝っている部分の筋肉にしばらく思いっきり力を入れ、それから完全にリラックスしてみます。

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そして、凝りがとれてリラックスできたら、凝りを感じることになった本当の原因をみつけて、それに立ち向かってみましょう。

難しいことはありません。完全にリラックスした自分なら、いろいろな対処法も見えてくるでしょう。

勇気を出して行動を起こす、ものごとの受け止め方を変える、思いきって環境を変えてみる。

まずは自分が自分でいて、今の自分ができることをやってみましょう。

         肩凝りになったことがないGでした。。。




毎日散歩している会社の敷地内に、つくしの群生を見つけました。

このつくし達は、どこから来たんだろうと思うほど、ほんまに群生しているんです。

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この写真の奥には、伊丹空港の滑走路があり、その更に奥には六甲山があります。

六甲おろしに乗って運ばれてきたのか?

普通、つくしは川べりの土手に自生したりするものですよね。

天変地異か??