「行い」には、3つの種類があるというのです。
①身体の行い、②口の行い、③心の行い
この3つの行いが私たちの人生を作ってゆく、これが仏の教えであります。

①身体の行い
身体を使って、歩いたり食事をしたり、一生懸命働いたり、全てこれは身体の行いです。
②口の行い
これは私たちが話している言葉です。その言葉一つ一つが口の行いです。
この身体の行いと言葉は、目で見、耳で聞くことができます。世の中は普通、この2つの行いによって人を判断します。
がしかし、身体の行いや言葉より、もっと大切なもの、それは「心の行い」です。
心の行いというのは、例えば、私がどうしても許せない人がいて「殺してやりたいほど憎い」と心の中で想い、毎日それを想い続けても、警察は私を捕まえることも罰することもありません。

心の行いは法律上の罪ではありませんが、その「殺してやりたい」という想いが見えないところで私達の人生を作っているのです。釈迦はこの心の行いが最も大切であると、教えています。
私達は、人の見ているところでは、そうそう悪いことはしません。でも、人の見ていないところが大切なのです。人の見ていない心の中で、毎日どのような生活をしているのか。ここがまさに幸福と不幸の分かれ道なのだと思います。
目に見えないところを大切に、感謝で始まり感謝で終わる1日。それが幸福への一番の近道であると思います。
妙心寺法話より編集














