「正しく生きる」という信念を持つことは素晴らしいことです。といっても、その思いが強すぎて、無意識に他の人にも「正しくあるべきだ」ということを強要しているとしたらどうでしょう。
まわりの人たちの「正しくない」部分が目について、欲求不満を持ったり、余計なトラブルを抱え込んだりすることがあるかも知れません。他の人たちも、それぞれの信念や価値観を持っているはずです。ある人にとっての「正しい」ことが、別の人にとっては「正しくない」という可能性だってあるのです。
たとえば、自分の持っている信念をカタチにしてみると、それは丸だったとします。同じ丸い形の信念や価値観を持っている人に出会うと、多くの部分が自分の形と重なり合いますので、すぐに受け容れることができるでしょう。

ところが、四角い信念や三角形の価値観を持っている人の場合は、少し違ってきます。きっと、「ここが足りない」「こんなにはみ出しているじゃないか」などと思えてきて、相手を受け容れるのが難しくなるでしょう。
自分の形に、強くこだわればこだわるほど、相手の形の違っているところを許し難く感じるはずです。こんな形の奴はダメだ、と相手を避けるようになることもあるでしょう。
中には、自分の形は本当は四角なのに、丸でなければならないと思い込んでいて、丸い形からはみ出してしまう自分のことを受け容れられず、いつも自分を責めている人もいるかも知れません。これでは、生きていくことが、とても窮屈になってしまいますね。
もちろん、あくまでも自分の形にこだわり、それに合う人たちだけと交際するというのも、ひとつの生き方です。でも、覚えておいてください、研究によると、心の健康に一番大きな影響を与えているのは、人間関係なのです。
心が健康で豊かな人は、表面的なつきあいしかしなかったり、ごく限られた交友関係しか持たない人ではなく、いろいろな人たちとも楽しく交流できる人だといことです。彼らは、多くの人たちの形、つまり信念や価値観を受け容れることができるのです。
この世界には、いろいろな形を持つ人たちがいますが、その違いをその人らしさ、ユニークなものだと受け取り、そこからたくさんのことを学んでいくことを知っている人たちなのです。
そんな人たちだって、その人らしい形を持っているはずです。丸の人もいるでしょうし、三角形の人、四角、菱形、あるいは楕円形や台形の人だっているでしょう。
どうして彼らは、多くの人たちを、受け容れることができるのでしょう。それは、その人たちの持っている形が、とても大きいからなのです。大きな形なら、相手の形が全然違っていたとしても、そのすべてを包み込むことができます。
他人のことをおおらかに見ることができますし、少々のズレは、その人なりの個性だと受け容れられるのです。そんな大きな形を持っていれば、きっと豊かな人間関係を築くことができるでしょうし、生きることも楽しくなってくるでしょう。

そのためには、自分と全くタイプの違う人に対しても、傍観者ではなく、その人の立場になったつもりで考えてみたり、ともに苦しんだり、ともに楽しんだりするようにしてみるのもいいかも知れません。
自分に対しても 自分自身のユニークさを楽しんでみましょう。そうすると、いろいろな人のユニークさも楽しむことができるようになってくるのです。
そして、うれしいこと、悲しいこと、やりたいこと、やりたくないこと、今、感じていることを、小さな形ではなく、大きな形を持ったつもりで、受け容れてみましょう。それが、いちばん大切なことなのです。そして、それが生きるということなのです。