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スカッシュコーチGのブログ

スカッシュコーチの悲哀を綴ったサクセスストーリー
になるはずが、いつのまにやら禅の道に迷い込み・・・

美しいものと汚いものは、別に存在しているのではない。美しいものは、汚いものがあるからこそ、美しいと言われるのだ。善と悪だってそう。悪がなければ、善と呼ばれるものもない。

長いというのも、短いがあるから。高いだって、低いがあるから、前だって、後ろがあるからこそあることができる。

だから、賢者は、さまざまな現象や出来事に惑わされないで、己の存在だけを頼らなくてはならない。成功を求めない方が、かえって成功を手にすることができる。

すべてのものは相対的に存在していて、絶対的なものなどありはしない。そんな外側の現象は気にせず、ただ自分という存在を「あるがままに生きる」ことが大切だということを教えているのです。

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何か『困ったこと』が起きていると感じる時は、心の奥のどこかで、『困ったこと』という現実を引き寄せているのに過ぎないのかも知れません。『困ったこと』は、自分が『困った』と思うから『困ったこと』になるのです。

深呼吸をして、一度、心を空っぽにしてみてください。そして、こんなふうに思ってください。

『困ったこと』や『悲しいこと』、『苦しいこと』なんて、どこにもありやしない。あるのは、ただ、自分が大きくなるために与えられた、『きっかけ』だけだ。

『何とかなる』

そう決めると、今度は、そのような現実が生まれてくるのです。今の自分が本来の自分であるということを、受け止めていれば、何とかなるものなのです。

全日本スカッシュ選手権のネットライブ映像、見てます!!

いいですね~♪ PCでは、画像が粗めだけど、iPhoneでは、かなりキレい。

なんといっても、ライブというのがいいです。


男子は福井選手が3連覇!!

女子は、千夏ちゃんVS海咲ちゃん、現時点では、1オール・・・

勝ってほしい~~千夏ちゃん!!!!!
ブロガーエビさんのリクエスト?にお答えして、コーチGのスマートフォン談義を書きますね。

私が、iPhone4を手に入れたのは、発売から2週間後でした。それまで使っていた携帯電話のちょうど割賦期間が完了したこともあり、また、使用料金を比較したら、4割~5割は安くなることがわかり、ミーハーの血(笑)も騒ぎいので、即ゲットしました。

最初は、戸惑いましたね。一番戸惑ったのは、メールの入力方法が変わって、まあ打ちづらいのなんのって・・・慣れれば問題ないんですが、それまでの携帯電話歴が長かっただけに、ちょっとばかりストレスになりましたけどね。

いろんな人に聞かれます「欲しいんだけど、使いこなせるかなあ?」と。 回答は「電話とメールが主なら、iPhoneは必要ないよ」です。 スマホの最大の魅力は、やっぱりインターネットをノートパソコン並みに使うことが出来るということでしょう。

会社や、自宅でない外出先で、ちょっと調べたいことがある時は、従来の携帯だと調べる術とスピードが限定されていたのですが、スマホにしてからは、その手段、スピード、得たデータの活用と、ほんとにノートパソコンを使っているのと変わらないほど使い勝手がいいんです。使い始めて最初の1ヶ月は「スゴ~イ!?」を連発したほどです(笑)

まあ、画面が小さいとか、キーボードがついてないとかの違いはあるものの、使い方次第によっては、ノートパソコン以上の機動力だと私は評価しています。

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私が日頃、よく使うアプリを紹介しますね。

「ウェザーニュース」 言わずと知れた、有名なウェザーニュースのアプリです。とにかく軽く、サクサク表示される。局所的な予報を簡単に見ることができる、ライブカメラも軽く動く、地震情報も見られる等々、お気に入りのアプリです。

「Google」 スマホ用に改良された検索アプリです。検索語の履歴表示が使い勝手良し。写真の被写体と一致する物をネットから検索する、たとえばビルや有名建造物、さらにはバーコードからその商品の説明まで。また音声認識で検索もできるという優れものです。

「マップ」 標準装備のマップですが、GPS機能と一体となって、カーナビ並みの機能を持っています。また、目的地までの徒歩ルートも指示してくれます。面白いのは、電車に乗っている時にこのマップを見ていると、電車の加減速に合わせてマップ表示が追随するんです。

「Suono Dolce」(スオーノドルチェ)  東京丸の内から発信のラジオ番組です。 主にかかるのがラブソングということで、朝の通勤時や、夜の癒しの時間にグッドです。

「乗換案内」JORUDANの乗換案内アプリです。いくつか同様のアプリを試しましたが、これが一番気にいってます。検索履歴が再利用できるのがいいです。

「MSN産経ニュース」最新のニュース記事が読めます。また、新聞紙全面サイズを拡大して見られます。 「映画.com」 映画の予告編とプレビューが見られます。

とまあ~いくらでも挙げられますが・・・ちなみに上記のアプリは、全部タダでダウンロードできるのも魅力ですよ。

とにかく仕事でいえば、自分の使い方ひとつで「頼りになる部下」に変身するビジネスツール。 遊びでいえば、ぐるナビでお店をみつけて、マップで場所と行き方を確認し、移動中はゲームで遊ぶ、といった使い方ができます。

そんなこんなで、私のiPhoneに入っているアプリは、100本を超えました(楽) そのうち3本は有料ですけど・・・他はすべてタダ~なんです(嬉)

エビさん!?なんとなくでも、iPhoneの凄さ、面白さが伝わりましたでしょうか?? You-tubeでスカッシュの動画もサクサク見られるし、ビデオ撮影も高画質で、編集も出来るんですよ~♪

以上「iPhone G」でしたぁ。。。

嫌いな人に出会えば、ついついイヤな気分になったり、昔にされたことを思い出して、怒りを感じてしまったりします。好意を持っている人に会ったとしても、何とか自分のことを気に入って欲しい、もっと近づきたいなどと、執着も湧いてきます。そんな感情を抑えようとしても、なかなかうまくはいきません。

やはり、聖人ではない、普通の人である私たちは、日々出会う出来事に流されて、迷いと煩悩に翻弄されながら生きていくしかないのでしょうか。

でも、あきらめてしまうことはありません。悟りを開くのは無理でも、せめて、理想の姿に近づこうと努力はできるのではないでしょうか。楽に楽しく生きていこうと思っても、「一の矢」を避けることはできないのです。

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これはどうしようもないことですが、さらに「二の矢」も受けてしまうのもしかたがない、と開き直ってみるのです。そのかわり、せめて「三の矢」「四の矢」は、受けないでおこう、とがんばってみましょう。

誰でもイヤなことに出くわせば、気分が悪くなりますし、物事がうまくいったらいったで、慢心が起こったり、執着心も生まれてくるでしょう。それは、それで構わない。しかし、それに気がついたら、それ以上ネガティブなことを考えないようにすることです。

もし、出来事によって、ネガティブな感情を持ったり、マイナスな行動をしている自分に気づいたら、「二の矢だ、二の矢だ」と思って、矢を抜いて捨てるようにしてみましょう。

『「二の矢」を受けてはならない』、と気を張って生きて行くよりも、『「二の矢」を受けていることに気づいたら、さっさと抜いてしまおう』と考える方が、気が楽になります。

ひょっとしたら、「二の矢」と一緒に、背負っている、いろんな要らないものが、どんどん落ちていくかも知れませんね。そうしたら身軽になって、もっと楽に自分の道を歩いていくことができるようになるかも知れませんよ。

仏教に、「二の矢を受けず」という言葉があります。

生きているかぎりは、良いこと、嫌なこと、さまざまなことに出会います。人に誤解されて罵られることもあるでしょうし、何気なくしてあげたことでとても感謝されることもあるでしょう。このように、私たちが出会うものごとを、「一の矢」と呼びます。この「一の矢」は、どんなに人格が高い人であろうと、平凡な者であろうと、まったく同じように受けてしまうものです。

「二の矢」とは、「一の矢」によって引き起こされる「ネガティブな感情や行動」のことをいいます。

普通の人は、誤解されて罵られたとしたら「どうしてわかってくれないんだ」と悲しい気持ちが湧き、「誤解しやがって!」と怒りがこみ上げてきたりします。さらに、悲しい気持ちが強くなると、自分を責めたり、相手を恨んだりすることになり、心がどんどん重くなっていきます。

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怒りにまかせて、相手に言い返したりしたら、喧嘩になったりして、お互い気まずい気持ちになってしまいます。人に感謝されたらされたで、「オレのおかげだ」と、慢心する気持ちが出てきたりすることもあります。すると、何かお返しをしてもらって当然だと思ったり、お返しがないと、「恩知らずなヤツめ」などと、不満を感じることになったりします。

こんな感じで「二の矢」どころか「三の矢」「四の矢」と、自分から受けに行ってしまいます。

なるほど、心穏やかに生きて自分を磨いていくためには、「二の矢」を受けないことが大切なのですね。

とは思うのですが、これがなかなか難しい・・・
to be continued・・・


失敗したり、不幸な出来事に出会ったり、何か問題を抱えてしまったときに、私たちがとる態度には、3つのパターンがあります。

1つは、責任を外に求めること。
自分が被害者になったような気になり、「あいつが悪い」と、問題の原因を誰かのせいにして、その相手を責めることにエネルギーを使います。また、社会が悪い、時間がない、お金がない、誰もわかってくれない、過去の失敗経験のせいだ、などと、いかに自分が不運かということに思いを巡らせたりする場合もあります。

2つめは、自分を責めること。
うまくいかなかったのは、自分の努力が足りなかったとか、ちゃんと準備をしていなかったからだと、すべての責任は自分にあると思いこみます。

「なんて、自分はダメなんだろう」「どうせ私は、何をやっても、うまくいかないんだ」と自分を追い詰めたり、落ち込んだり。自信をなくして、何に対してもやる気をもてなくなることもあります。

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この2つのパターンは、イライラしたり、気分が沈んだりして、あまり健康的には思えませんが、実は、大きなメリットもあるのです。
それは「自分を変えなくてもいい」ということです。ある意味、これはとても楽なのですね。

不幸の原因が、誰か自分以外の人にあったり、自分の置かれた環境や条件にあるのだとすれば、変える必要のあるのは、それらであり、今の自分には何の問題もありません。すべての原因が自分だと考えていても同じです。自分はダメだと強く思えば思うほど、今さらそんな自分をどうすることもできるはずがない、と自分に言い聞かせているようなものなのですから。

実は、私たちにとって、一番の脅威は「自分を変えること」なのです。意識ではどう思っていようと、本能のレベル、あるいは潜在意識では、変化に対して、とても敏感で、かなりの抵抗を感じているのです。

生き残ることが、最大の関心事である潜在意識では、たとえ今の自分が問題だらけだと感じていたとしても、いざとなると今の自分でいることにしがみついてしまうのです。それが「良くなるための変化」だとしても、今の自分が変化するとしたら、今までと同じように生き残ることができる保証は、どこにもないからなのです。

誰かのせいにしたり自分を責めることは、自分に変化を起こしたり、未知の世界へのチャレンジをしなくていい口実になります。潜在意識にとっては、安心で楽なことなのです。

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最後に残った、3つめのパターンは、問題や不幸を、自分の学びのチャンスだと捉えることです。

もちろん、問題が起こった要因は、いろいろあるでしょう。明らかに誰かに非があったり、不運が重なってということも考えられます。それでも、責任を外側に求めず、かといって自分を責めることもせずに、起こったことに責任を持つことを選んでみるのです。

すると、どういうことが起こるかというと、自分の人生の責任は、自分でとるしかなくなります。

自分の考え、感情、選択、行動、その結果全てにおいて、自分に責任があるのですから、何か問題があるとすれば、変えられることは変え、努力するべきところは努力するようになるはずです。結果的には、この3つめのパターンが一番健康的で、私たちの役に立つ方法なのです。

.もちろん、無理にはお勧めしません。どのパターンを選ぶかの自由と責任は「あなた」自身にあるのですから。。。






苦しいこと、辛いことに出会います。失敗をしてしまったり、逆境に襲われたりします。でも、逃げずに立ち向かおうとすることは、自分で決めることができます。押しつぶされそうになっても、前に進んでいくことを選ぶこともできるのです。

それだけの力は、必ず自分のなかにあるはずです。そして、苦難を乗り越えた自分は、前の自分とは違います。たとえ、見かけは変わらなくても、私たちは知っています。ひとつ大きく成長した自分だということを。

「成功したい」「あの人から愛されたい」目標や願望を持つことは、すばらしいことです。強く願えば願うほど、叶う率も高くなることでしょう。でも、その思いへのベクトルが強すぎて、願望に「絶対に~しなくてはならない」がついてしまったとしたらどうでしょう。

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「絶対に成功しなくてはならない」「絶対に、あの人は、私を愛さなくてはならない」 これでは、心に柔軟性がなくなり、後ろから追い立てられているような気になってしまいます。

始末の悪いことに、そうした考えを持つようになると、願望が叶わないと、もちろん心が痛みますが、たとえ叶ったとしても、本当の満足は感じられないのです。それもそのはず、世の中に「絶対」というものは存在しないのですから。無いものを追い求めても、自分が苦しいだけです。それよりは、目標や願望を叶えるために、自分ができることに意識を向けてみた方が、心の健康にはよいのではないでしょうか。

「成功したい。そのために最大の努力しよう」「あの人から愛されたい。私は、もっと輝けるように自分を磨く」今の自分ができることをする。これこそ、自分でコントロールできる「ある」ものなのです。

失敗したり、問題に出会うのは、辛いことです。できれば、避けて通りたいものです。でも、こんなふうにも考えられます。

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失敗すればするほど、うまくいかない方法を知ることができる。問題を解決すればするほど、多くのことを学ぶことができる。辛い思いを経験すればするほど、人の痛みもわかるようになる、大きく成長することができる。

それに気づけば、失敗や問題を恐れることはなくなります。どんなことに出会おうとも、それを自分を高めるためのチャレンジだと捉えることができるからです。

人生を変えるのに、多くの時間は必要ありません。自分の考え方、物の見方にちょっと変化を起こしてみればいいのです。過去がどうであろうとも、未来を創るのは、今の自分なのです。そして、どんな未来でも、創り出すことができる自由は、あなた自身にあるのです。





どんな悩みでも、突き詰めていけば「~しなくてはならない」「~してはならない」という思いこみに行き当たります。そんなふうに縛りつけることで、自分で自分を苦しめているということなのです。「ちゃんとしなくてはならない」「失敗してはいけない」そんな思いが、自分を窮屈にしているのですね。

そういえば「~しなくてはならない」ではなくて、「~したい」という思いで行動を起こすときには、私たちは生き生きとしていて、思ってもみない力が発揮できますね。そんなときには、たとえ失敗しても、それをいい教訓として次に生かせているような気もするんですね。

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ゲームをしているとき、時間をいちばん無駄にするのは、「~しておけばよかった」「~するんじゃなかった」などと、してしまったミスを、いつまでも考えていることなんです。また「負けてしまうんじゃないか」と先のことを心配することも時間の無駄なんです。

大事なのは「今」、自分ができることを精一杯やってみること。反省や、将来の計画は、このゲームが終わってから、いくらでもできる。でも、ゲームの途中、過去や未来をクヨクヨ思い悩んでいる人に限って、終わったゲームを振り返ったり、未来の軌道修正に活かしたりしていない傾向がありますね。

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こんな話を聞きました。誰かを殴れば、殴り返される。悪口を言えば、言い返される。

たとえ、直接でないとしても、自分のしたことはまわり回って、自分に返ってくる。誰かに親切にすれば、自分も親切にされる。思いやりを与えれば、思いやりを感じることができる。やっぱり、自分のしたことは、知らず知らずのうちに自分に戻ってくる。

「誰からも優しくされていない」と感じている人、まわりの人に優しさを与えていますか?幸せになりたい、と思う人、みんなを幸せにしてあげようと心がけていますか?それには、自分が楽しんで、まわりも楽しくしてあげることですね。





幸せを手に入れたり、成功する人とそうでない人の差は、どこから生じるのでしょう。実は、いちばんの違いは、「自分のことが好きかどうか」ということなのです。

本当に、今の自分をまるごと受け容れ、自分を認めている人は、それだけでとても楽に生きていくことができます。自分の才能を思う存分発揮したり、自信を持って自分が楽しいと思える方向に進んでいきます。それこそが、人生での幸せの第一歩なのです。

ところが、自分のことを嫌いだと、こうはいきません。今の自分ではダメなんだと、どこか別のところに「本当の自分」「こうあるべき自分」を探し求めようとします。そんなものは、世界のどこを探しても見つかるはずはありませんし、仮に見つけたと思っても、それは誰か他の人の「本当の姿」なのかも知れません。

そんな偽物の自分でいようとがんばったり、自分のものでない目標へ向かっていくら努力しても、どこか窮屈な思いをしたり、虚しさを感じることになるでしょう。

誰かが着ている服が、とてもすばらしいように見えても、その服が自分にも似合うとは限りません。サイズも大きすぎたり小さすぎたり、着心地がよくないでしょう。

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「こうあるべきだ」という服を着ているのは、とても苦しいことなのですよ。それよりも、少々不格好のように思えても、自分が着ていて楽だ、自分らしいと思える服を着ている方が、ずっといいのではないですか。

「自分でいいんだ」という服は、とても動きやすく、気持ちもリラックスできるので、本当に自分が行きたいと思うところへ、楽に歩いていけるのです。もちろん、自分に対して変えたいと思う部分は、誰にでもあるはずです。でも、それだって自分を形作る一部だし、本当は、それこそが自分のとてもユニークな他人と違うところなのですね。

良いところも悪いところも、すべてがあって、はじめて自分なのです。

もっともっと自分らしくいて、幸せになりたいと思うのなら、こんなことからはじめてみましょうか。今、この瞬間、「私は、嫌な部分もあるけれども、自分が好きです」と声に出して言ってみるのです。

そのとき、湧いてくる気持ち。それこそが、私たちを、本当に行きたい場所に導いてくれるのです。


私たちは、ちゃんと見ているはずなのに、本当は見えていないということがあるのですね。

これは、ある心理カウンセラーの方から聞いた話です。「出会いがなくて、いつまでたっても彼氏ができないんです」「なかなかいい人と巡り会えなくて・・・」と悩みを相談にくる女性によく共通しているのは、恋人に対する理想がとても高いということなんだそうです。

ハンサムで、背が高くて、一流会社に勤めていて・・・そんな条件が揃っている人を見つけるのは、きっと毎日たくさんの人と出会っている人だって大変でしょう。

そんなとき、そのカウンセラーは、「理想の人ではなくて、自分の波長に合った人を見つけてみては?」と答えているそうです。

つまり、顔や背丈や勤め先のことは、ひとまず置いておいて、一緒にいて楽しい、心が安まる人を探すように意識を向けてみなさい、ということですね。

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すると、相談に来た人の多くが、急に出会いが増えたと報告してくるということです。

きっと、身近にいたけど今まで気づかなかった人に目がいったり、理想とはほど遠いと敬遠していた人にも意識がむいた結果なのでしょうね。意識を向けると、人だって見えてきて出会いも多くなるのです。

意識を向けて見えてくるといえば、自分自身に対してはどうでしょうか。 才能、長所、独自の個性、幸せ、自分の素晴らしいところ・・・

今、それを感じているでしょうか。

どんなに辛くても、自信をなくして落ち込んでいても、自分の中の見ようとしなかったところに意識を向けてみれば、必ず感じるものがあるのではないでしょうか。