スカッシュコーチGのブログ -12ページ目

スカッシュコーチGのブログ

スカッシュコーチの悲哀を綴ったサクセスストーリー
になるはずが、いつのまにやら禅の道に迷い込み・・・

大勢の人の前でのプレゼンや、結婚式のスピーチ、偉い人と話をするときなど、ガチガチに緊張して、手も足も声も震えて、思っていることの半分も言えなかった・・・そんな経験がある人も多いことでしょう。

そんな時は、人はよく「平常心」で臨めば大丈夫だとアドバイスします。でも、「緊張してはいけない。平常心でいなければ」と強く自分に言い聞かせていたら、余計に心臓がドキドキしてしまった経験はありませんか。緊張を避けたいと強く思うことが、かえって自分を追い込んでしまうのです。

禅語に「平常心是道」という言葉があります。これは、もっとも一般的によく使われている「普段の気持ちをそのまま保つ」という意味とは異なります。

$スカッシュコーチGのブログ

禅語の「平常心」とは「自ずから、そのような状態になるのであれば、そのようにしていればいい」という意味なのです。

わかりやすく言い換えるなら、「人前に立つとき緊張するのは、自然なことなのだから、緊張を無理に押さえ込むのではなく、緊張すればいい」というのが、禅の考え方なのです。

緊張するなら、したっていい。思い切り緊張すればいい。あまり気にすることはない。

禅の考え方に学んで、そんな風におおらかに構えているほうが、むしろ緊張が解け、気持ちは落ち着くものなのです。

禁止事項を増やすより、ありのままを認めえたほうが、かえってうまくいくものなのです。


「いいことがいっぱい起こる禅の言葉」 より

「可も無く、不可も無し」
現代では、この言葉はあまりよい意味に受け取られていません。「悪くもないが、とりわけ良い点もない」「合格点ではあるが、平凡」といった風に解釈されます。しかし、本来は、そのような意味ではありませんでした。

語源は、孔子の論語にあり、「チャレンジしてみる前から、これはいい結果をもたらす、いや、なんの役にも立たない、などと考えてはいけない。まずやってみればいいのだ」というのが本来の意味なのです。

この考え方は、禅の精神を表わす言葉として、後世の禅の修行者にも、共感を持って受け入れられ、用いられました。

人生には、やってみなければわからないことが、たくさんあります。

$スカッシュコーチGのブログ

ちょっと逆説的ですが、そもそも、「成功すること」「幸せになること」を強く望みすぎるから、かえって、「失敗することへの不安」も重く心にのしかかってくるのです。ですから、なにかを始めようとするとき、「成功するか、失敗するか」「損するか、得するか」などと考えないほうがいいのです。

「失敗したからといって、命まで取られることはない。そのときは、またやり直せばいいじゃないか」と、楽観的に考えていくのです。

未来の自分まで否定することはありません。未来の自分は可能性に溢れているのですから。


「いいことがいっぱい起こる禅の言葉」 より


禅の修行僧は「雲水」と呼ばれます。これは「行雲流水」という禅語から生まれた言葉です。

「雲のようにのびやかな心を持ち、水のように何事にもとらわれない、自由な生き方をしなさい」というのが、この禅語の意味です。禅の修行僧は、まさにそのような心の持ち方、生き方を目指すものなのです。

自然界では、雲も水も一か所にとどまっていることはありません。雲は空を流れ、水は大地を流れます。雲水と呼ばれる修行僧も、一か所にとどまらず、全国を旅しながら修行するのが、かつての習わしでした。

現代では、宗派の禅寺にとどまり修行する禅僧がほとんどですが、昔は師匠や友を求めて、全国を歩き回りながら修行を続けるのが基本だったのです。

$スカッシュコーチGのブログ

もっとも、今でも「行雲流水」の精神は受け継がれ、固定したものの見方、考え方にとらわれることなく、毎日新しい発見を得たり、新しいことに挑戦したりする心を忘れない大切さを、修行僧は叩き込まれます。

わたしたちも、家庭や職場という「環境」に定住しながらも、「固定観念にしばられない、のびやかな心」を持ちたいものです。

斬新なアイデアを思いついても、「前例がない」と諦めていませんか。
最近、なにか新しいことにチャレンジしましたか。
ないかに、こだわりすぎていませんか。
新しい人間関係を作ることを避けていませんか。
新しいことは、充実した人生につながるのです。


「いいことがいっぱい起こる禅の言葉」 より

事前にちゃんと計画を立てているのに、なぜか物事をうまく進められない人は、先のことばかり気にしているという傾向にあります。

今日はお客さんの挨拶回りをしようと考えていたのに「明日の会議の準備もしなければ」などと、今日やるべきことをおろそかにして、明日のために今日を消費してしまうのです。

「明日を期せず」という禅語があります。これは江戸時代の禅僧の言葉です。

「私のような怠け者の禅僧には、明日のことなど考える余裕はありません。今日一日を生きるのに精一杯です。」といっているのです。

$スカッシュコーチGのブログ

ですが、この言葉には、「明日のことを心配する必要などありません。今、この時を精一杯生きていくことが大切なのです。明日のことを考えるなら、今日という日を十分に生きてからにしましょう。」という教えも含まれています。

今日があって、明日があるのです。
今日をおろそかにすれば、明日という日もおろそかになります。
明日のことを考えるのは、今日すべきことが全部終わってからにすることです。
明日を、ちょっとでもよい一日にしたいなら、今日を夢中になって生きることです。


「いいことがいっぱい起こる禅の言葉」 より

禅の悟りの境地に近づくコツは「今を生きる」ということ。

あーでもない、こうでもないと先々のことを思い悩まず、
あれは間違いだった、こうすればよかった、と過ぎたことを悔やまず、

時の流れに身をまかせ、その瞬間、今だけを感じることができれば、
それだけで私たちは、世の中を楽に生きることができるのです。

スカッシュコーチGのブログ

世の中に、こうでなければならない、こうあらねばならない、
ということなど何もないのです。

それを決めつけているのは、人の心の「欲」です。

今、この時がすべてです。

私たちも、このままでいいのです。今のままがいいのです。

それさえ認め受け入れることができれば

「何事が起ころうと、今この時を生きている、ということだけで充分!」

という境地を味わうことができましょう。


                   癒しのことばより


「ケセラセラ」も禅語です、と言いたいところですが、これから起きるであろうことなどはケセラセラ。なるようになる、これはスペイン語。

風に任せて「にんぬんとうとう」運に任せておけばよし。これが禅語。音譜

明日のことであろうと、1年後のことであろうと、先々のことに思いをめぐらせて悩んでいる人のいかに多いことでしょう。

スカッシュコーチGのブログ

禅の教えは、今を生きよと言っています。今を精一杯生きる。その積み重ねが、将来となるのです。

将来を先に考えるより、今自分が取り組んでいることは何なのか。ビックリマーク

それは意味のあることなのか、やり方は間違っていないのかを自問することです。

そうです!今のことだけで確認することは、山ほどあるのに、先々のことまで考えていられないはずですよね。

わざわざ悩みを探しに行く、なんてやめておきましょう。あせる

あしたはあしたの風がふく。 ケセラセラ・・・

合格 ほっとする禅語(続)より



とりさむくして きにのぼり かもさむくして みずにくだる

ニワトリは寒いと木に登り、鴨は寒いと水に入る。

寒さに対して同じ鳥でも、こんなに違う方法をとるのですから、私たちも十人十色でいいんじゃないの、という禅語です。

同じ目的でも、人によってまったく違う方法を取ることはままあります。たとえばダイエット。

やせたい気持ちは一緒でも、やせるためにダイエット食品を食べる人、やせるために食べない人、どちらがいいとか悪いとかではなく、人の勧めでもなく、自分が納得して自分の体質に合った方法を選ぶ、それが大切です。

スカッシュコーチGのブログ

勉強の方法も同じです。友達と集まって勉強するのが好きな人、ひとりでないと集中できない人、でも合格したいという気持ちは一緒です。あの人は勉強会に参加しないで、ぬけがけしようとしている、なんて決めつけは意味がありません。

自分のやり方をひとつひとつ見つけることで、人生は少しずつ過ごしやすくなります。

他人は他人、自分は自分です。

                ほっとする禅語(続)より
いちうせんざんをうるおす

たったひと雨があらゆるものを平等に潤す、という言葉です。禅語では、すぐれた仏法は、すべての人に恩恵を与えるという意味で用います。雨

一部の人だけ役に立つ仏法というものはありません。誰にでも平等に人生や世界を教えてくれる。経営者には役立つが、主婦には関係ない仏法なんていうのはありません。

子供の教育には使えるが、親となったらもう卒業、なんてこともありません。僧侶にだけわかるのでもなく、外国人にも他の宗教の人々にも恩恵をもたらすもの、と考えていいでしょう。晴れ

スカッシュコーチGのブログ

この「一雨潤千山」は、ある人には「チームの誰かをひいきすることなく、全員に平等に指導しよう」と思わせたり、またある人には「全員に配分したら取り分が少なくても仕方がない」とあきらめさせる言葉かもしれません。お月様

優しく降ってきた春雨を見て、この同じ空の下にいる愛しい人にも、同じ雨が降っている、と禅語を風景描写にして理解することもよい方法でしょう。霧

               ほっとする禅語(続)より
  
はるきたらば、くさおのずからしょうず

自然の流れに逆らわない。あせる

その年齢にならなければわからない心境、その時が来なければわからない心境があります。

春が来れば、草は自然に生えてくる。クローバー

草が自分の意思で生えてくるには、その時を待つ以外にない、という禅語です。

スカッシュコーチGのブログ

親がどうの、上司がどうの、先生がどうのと言ったって、言われたから仕方なくやっているうちは、芽が出ません。

本人はひとつも気が入ってない。ニコニコしながらやっているのは顔色をうかがうからで、嫌ならイヤという方が、まだましかもしれません。目

自分からやる気にさせるには、その「時」を待つことです。

今からやっておけば将来有利だとか、コツを教えてくれれば若くたって取得できるはず、と思うのは拙速。

無理矢理、秋に芽を出してみたら、幼いうちに冬が来てしまい、いっぺんに凍えてしまうのが関の山です。

自然の流れに逆らわない、人生も同じです。合格


             ほっとする禅語(続)より
心の中のもやもやした煩悩を、こっぱみじんに打ち砕いてしまいましょう。パンチ!

禅僧の厳しい言葉です。捨てるだけではだめです、もっと過激に粉々にしてしまいなさい。むかっ

百雑砕した後は、心が軽くなり、捨てただけと違って、修復や思い出すことすらできません、未練も残さない、きれいさっぱり人が変わったように、陰がなくなることでしょう。あせる

スカッシュコーチGのブログ

こっぱみじんを実行するのは、あなたを、悩ませ迷わせている煩悩が対象です。叫び

嫉妬する心、他人をうらやむ心、どうしても手放したくない執着する心、他人に尊敬されたいと願う心、他人を差別する心、他人のせいにする心、そんな心を思いっきり破壊してください。ハートブレイク

迷いのひとつひとつを解決しているより、いっそ思い切って強い気持ちで、こっぱみじんにしてしまいましょう。

                  ほっとする禅語(続)よりアレンジ