お金や物を失った時には残念に思うけれど、そのうち

あきらめもつき、また頑張れば取り戻すこともできます。
けれども、心を揺さぶるような衝撃の体験をすると、
頭の記憶は年月とともに和らいでいきますが、その体験
は身にしみついて体が覚えていますから、消え去ること
がありません。

深い心の傷、体が覚えた経験は、その後の生き方、考え方
に少なからず、影響を残します。

人間の最大の悲しみは離別です。身近な人、とりわけ、
夫婦の死に別れや、親子の死別は、この上もない悲しみに
打ちひしがれます。

けれども、その深い悲しみの体験により命あること、
生きていることの喜び幸せが、よくわかるようになります。
体が覚えた経験が、優しさの心を育てるからでしょう。
深い悲しみ、耐え難い苦しみを経験し、それに耐えて、
乗り越えることによって、初めて、生きること命ある喜び、
ほんとうの幸せとは何かが、よくわかるようになるのだと
思いますね。

今年も、香り高い梅の花が咲く時節になりました。
梅は夏に伸びた若枝に、翌春には蕾をあまりつけません。
冬の寒風に吹かれ、そして夏の灼熱を越えて成長して、
翌々年の春になって、多くの花を咲かせるのです。

寒風、灼熱に耐えて咲く梅の花は美しい、それはあたかも
人が艱難辛苦を乗り越えて、初めて真の喜びを知るが如く
であります。
しかも、梅は己が力だけで咲いているのではありません。
自然の様々な縁のもとに、自然が総掛かりで、美しい花を
咲かせるから、梅一輪にも暖かさが感じられるのでは
ないでしょうか。

深い悲しみや、耐え難い苦しみに耐えてこそ、命ある、
生きているこの上もない喜び、幸せを、深く味わい知る
ことができるようになる、そういうことかもしれません。
心とて 人に見すべき 色ぞなき

只露霜の 結ぶのみ見て
道元禅師
心はこれですと、人に見せることができるような、
麗しき姿はない。地上に露や霜が降りるように、
自然に、いつとはなしに凝固しては、また消え去る
ようなものなのです。

鐘の音より