無我とは | スカッシュコーチGのブログ

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スカッシュコーチの悲哀を綴ったサクセスストーリー
になるはずが、いつのまにやら禅の道に迷い込み・・・


真言宗の開祖 空海は
「好むとは、水に石を投げたように
 波紋は広がっても、逆らうものがないことをいう。
 悪(にく)むとは、水に油を流したようなもので
 溶けあうことがない。」
黄色い花
人にとって良い状態とは、自分のおこないが
静かに人の間に波紋のように広がっていくことです。
ところが、私たちの毎日は何かにぶつかり、
あるいは望みが達せられないことばかり、
つまり悪(にく)むことばかりです。
虹
また釈迦は
「色、声、香、味、触といった自分の感覚だけ
 に頼って物事を判断するものは、これに執着
 して、かえって欲を起こし、それが苦の原因
 となるのだ」と。

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私たちは勉強をして試験をうけ、何点という点数で
ランク付けされることに慣れてきました。
これが進んで自分以外を判断する物差しとしても
ランク付けが働いています。

そして自分の煩悩にさえ気付かず、他人を点数で
評価しがちです。
お月様

仏教には無我、無常などの無の文字が多いのですが
これはただ「有る無し」と言う現象をさしているのでは
ありません。

たとえば「無我」とは自分の感覚から得た自分本位の
考え方=我執から離れることです。
ですから「無我」は、「非我」とも表されます。
もみじ
我に執着することから離れた、本来の「我」は
仏に近づくことができるのです。

                     「禅のすべて」より