昔、道元禅師が山中で修行中の話です。
一人の老いた僧が仏殿の前で椎茸を干しています。
杖にすがってやっと身を保っている様子で、
しかも頭には笠もかぶらず、夏の暑い陽射しが
照りつける中、老僧は一生懸命椎茸を干します。
見るからに苦しそうです。
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私は大変気の毒に思い、何故、下働きの寺男を
使わないのかというと、
「他は是れ吾にあらず」とピシャリと言われます。
他の人に何事でも、してもらっては、
「自分でしたことにならぬ」というわけです。
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自分が眠たい時、他人がいくら眠っても
眠気はとれないものです。
他人がどれほど、ご馳走を口にしても、
少しも自分の腹の足しにはならぬのです。
自分に課せられた宿題は、他人に解いて
もらっても、何の役にも立ちません。
「人の水を飲んで冷暖自知するが如し」
水の冷たさは、たとえ千言万語を費やしても
説明することはできません。
水を飲む者自らが知るのです。
新聞に、女子高校生の投書がありました。
彼女の友人が自殺し、彼女は大きなショックを
受けます。
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「先生も識者も強く生きなさい」というけれど、
「人間は何のために強く生きなければいけないのか」
「人間に生まれて、生きる目的もなく、ただ名利だけを
追い求める人生であってよいのか」と問いかけ、
「誰か教えてください。本当の人生の目的を」
と結んでありました。
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この問いかけに、意見が寄せられました。
どれも真剣に人生を考えた傾聴に値する意見でした。
しかし、果たして人から教えてもらった人生の目的で、
満足できるのでしょうか。納得できるのでしょうか。
他人の意見は所詮、他人のものです。
彼女自身のものではないはずです。
寄せられた意見にもありました。
「本当の生きる意味は暗中模索、試行錯誤、
生きてゆくプロセスの中で自分なりに把握する
ことではないでしょうか」
「万人共通の目的などあるわけはありません。
一人ひとりが一生かかって自分なりの目的をみつけ、
それに向って努力していくものではないでしょうか」と。
「他は是れ吾にあらず」
私は私だけの私です。大切に生きてゆきましょう。
『白馬蘆花に入る-禅語に学ぶ生き方-』より

