~資地計築~ 建築デザイン 木下 稔 -40ページ目

復活の刻 〜得たもの失ったもの〜

僕がテコンドーを辞めて1年半

様々なことがありました。

何度もくじけそうになりながら、振り返れば

粉々に砕ける程

抱きしめても剥がれ落ちる老いに抗いながら

鍛えていた体は無惨にも衰え、すっかり成人病予備軍の中高年となりました。

しかしながら

今も慌ただしく忙しい日々を送っていますが

明らかに1年半前からは変わりました。



僕が願掛けに

僕という人間を支える一つを捧げ

培った心の強さや肉体的強靭さはすっかり失いましたが

仕事や会社においてはかけがえの無い大切な物を手に入れました。



今日、再び融心館の門を叩き

川津師範が最後におっしゃった一言

「長いお休みですね」

のテコンドー休みを明けることに決めました。



すっかり老いさらばえた体にムチを入れ

1年半ぶりの練習は、昔であれば大した練習ではないはずなのに

手足の震えが今も止まりません。

これからは昔のようには行きませんが

やはり厳しく鍛えるつもりです。


僕はテコンドーを辞めることで沢山の大切なものを得ましたが

僕の心がテコンドーで得た

「振り上げた拳をあえて受ける勇気」が

この1年半で分からなくなりました。


僕が復活する理由

勇気を取り戻すため

一升枡に二升を入れる 〜史上最高の挑戦〜②

一升枡に二升を入れる ~史上最高の挑戦~の続きです。

前回の大人クイズ


一升枡に二升入れるにはどうすればいいか?

物理的には一升枡に二升は入りません。


答えの中には

「一升枡を二つ用意する」

「二升凍らせて一升枡に乗せる」

「一升枡に二升と書いた紙を入れる」

「たとえ流れ出ても二升流し込む(二升を保持しろとは書いてない)」

等々。


この大人クイズの答え

………

……



答えは

「一升枡に二升入れる努力、挑戦をあきらめない」ということです。

つまり、上に書いた答えを含めすべて正解ということです。

誰だって、普通に考えて一升枡に二升入るとは思っていません。

でも

たとえ不可能であっても、その不可能へひたむきに努力することに

「過程に」

意味があるという

答えなき答えということです。


僕がこれまで生きてきた中で

失敗と挫折の連続でした。

いや、今現在も失敗と挫折の連続は続いています。


しかしながら、失敗と挫折のいくつかを

言い換えれば「不可能の一つ」が可能にできたことが

現在も僕を何とか前へ進めてくれていると思います。



話は戻って25坪の土地に建築する話ですが

次回「二升」について書きたいとおもいます。


僕にできること

失敗なんて恐れなかったから

傷つきながらも明日しか見て来なかったこと




一升枡に二升を入れる 〜史上最高の挑戦〜

久しぶりに大人クイズです。

一升枡に二升入れるにはどうすればいいか?

……

答えは次回として



これまで建築の仕事をしてきましたが

打合せの中で必ずお客様から出る要望が

「敷地をはみ出す」



「予算をオーバーする」

という最大の難問を超えなければなりませんでした。


結果的に僕がお客様にお願いする言葉が

「やりたいことを書き出して、申し訳ないんですが優先順位を1位2位と書いてもらえませんか?」

という情けない言葉でした。


100ほどの希望を渡された僕の精一杯だったのかもしれません。


先日、ブログで書いたここ。

~資地計築~ 建築デザイン 木下 稔

大阪市で計画中の住宅で、建築人生最も難関な設計に挑みます。


難しいのは、わずか25坪建ぺい率60%のこの敷地で

1升枡に2升の要望

最高に難しいのは

この建築設計において付された条件が

「完全なる滅私」


つまり僕がありながら僕が無い建物を作れということでした。

これまで「私を滅して『あなた』になる」という言霊で依りしろにしてきました。

それは「あなた」を「僕なりに」アッセンブルした結果ということに過ぎません。

つまり、僕は何一つ僕自身を「滅した」ことはなかったということです。



僕が最初で最後かもしれない挑戦をすること

私を滅ぼし二升入れること


つづく