~資地計築~ 建築デザイン 木下 稔 -117ページ目

あふれる程の夏 〜米子が熱い〜

現在、鳥取県米子市に来ています。

いつものように僕が設計した「ベイサイドスクエア 皆生ホテル」に宿泊しています。

写真をアップロードしようとしましたが、できません。

携帯電話キャリアをつかってもアップできないのでかろうじてできた1枚
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米子の会社の前にある海岸です。

これは境港方面を撮影したものですが

20kmを超える海岸線はとても美しい。

反対側は海と砂浜と大山。

紹介したかったのにちょっと悔しいですがしかたないですね。

今日は島根大学が試験期間中の為、テコンドー部の練習はお休みとのことで

皆生温泉の海岸線を夜ランニング。

暗くて見えない中、ランニングしていると「異様な気配」

「カコ、カッコ」という聞いた事の無い音に顔を上げると

目の前に「ウマ!!」

お盆のイベントで馬に乗れるというのをやっているらしいのですが、遊歩道に馬をつないでいて

暗い夜道、気づかなかったら馬に蹴られるところでした。

明日は、境港市財ノ木で建設中の「鳥取県初200年住宅HABITA」の壁を僕らで塗るという日。

いわゆる塗り壁を僕ら社員で塗るということです。

早起きしなければ


僕からの注意

熱中症対策を忘れずに


NOと言える日本 〜完全に完成されたもの〜

今日は大阪市中央区谷町4丁目駅にほど近い
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「山本能楽堂」 に来ています。

ここは会社からも近い場所にあります。

来た理由は「もくもく勉強会」という日本伝統芸能「能(のう)」を

林本さんという能楽師 に分かりやすく解説してもらう会。

僕らは、日本に生まれながら全然日本のことが分かっていません。

今日の会でも沢山の発見がありました。

能楽というものが「退屈」で「眠たい」ものである理由が

毒された現代人のサイクルに会わないだけであるということ。

「想像する時間を大切にする」

この幽玄に気付き、今日の会にシビれました。


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演じるすべてに意味があり、

すべてに行き着いた理由があり

世界でもっとも古く、現代も全く変わらない芸を続ける「能」は

既に完成して1000年以上の為

現代ではその理由や起源が分からないと理解できません。

今日、わかりました、スゴイです。

そして能舞台で能衣装を着れるというイベントで

ジャンケンに勝って舞台上に


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今日は20代前半の女性になるということです。


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本当の能楽師が本当に着せる衣装で付ける髪の毛は
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馬の毛でできたカツラならぬ「かずら」

しっかり人力で髪型を作って行きます。


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みるみる能の世界で20代女性となりました。

能の面は付けると前がほとんど見えません。

それでも能舞台を自由に動けるのは、舞台四方にある柱のお陰。

この目標点で舞台の位置や距離を計るそうです。

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もはや、この姿を見て僕と言える人はいないでしょう。

ところで、この能舞台の床

ドンと踏む場所によって音が違います。

その秘密は床下にありました。

今日はバックツアーなので裏側まで見ます。

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舞台袖にはどの舞台でも「鏡の間」があるそうで

そこから舞台の「床下」を見れる場所へ


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床下の秘密、それは演者が床を「ドン」と踏む位置に「瓶」が置いてあり

これが音を反響させて「ドーン」と音に響きをもたせていたのです。


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沢山の見学者が能舞台へ実際に上がり、感に入っていました。

舞台へ出てくる
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幕ですが、演者のタイミングで幕を上げるため

聞こえないようにですが「お幕」という声をかけて上げます。

ゆっくり上げるには「おーまーくー」

力強く上げるには「オマク!」と使い分けています。

見学者の一人でダンサーの方が、えらくこの「お幕」を気に入って

「おまく!」と幕を上げてもらいムーンウォークで出て来ていました。

能楽堂はダンスやインド舞踊など様々なイベントでも使われているそうです。

ただし、舞台に上がるには絶対「足袋」を履かなければならず

ヒップホップダンサーも足袋履きだったそうです。

能は完全に完成された芸といえると思います。

ゆえに、「変わることがない」

積み重ねられた「理由」はとてつも無く深かったです。

積み重ねられた理由は、現代の日本にも深く染込んでいます。

ただ気づかずに生きているだけで、「能」の世界を知れば、僕らの体の中に染込んでいる

「日本」に気づきます。

僕が普段行っている設計もデザインも「能」の世界観の手のひらの上でした。

時間なく結果や刺激的なことばかり求める現代人。

はじまりも終わりもすべて「想像すること=時間」という能の世界観は

とても大切な物を失いつつ有る日本で

僕自身が普段「このままではダメだ」と思っているものと通じていました。

携帯電話は便利ですが、携帯電話のお陰で人はせっかちになり、

目に見えない不安や、即連絡が取れないということだけで

たったそれだけで、人を責めたり怒ったり。

インターネットは色んな事が分かりますが

間違っていても「即答え」で無責任。

この無責任さが「名前を隠して」人を傷つけたり、攻撃したり。

我々の生き様に刻まれているはずの「想像する=その時間を大切にする」を

これから、ゆっくりと考え、引き出して行きたいと思います。

今日は長くなりましたので

僕のひとこと

そろそろ「お幕」




高々と左手を掲げる半月

今日は融心館で練習の日

久しぶりに練習参加表明と共に参加したタナカくん


先日、日曜日にあった全日本ジュニアテコンドー選手権の直後の今日

川津師範はちょっとピリピリムードでした。

タナカくんの思惑は外れ 、大人は僕とタナカくんとタカヒサのお母さんだけ。

子供中心の練習となりましたが

試合を想定して「全力で蹴る」練習。

試合で最後「死力を尽くして蹴る」ことを想定しての練習は

見た目の派手さがないのですが、進むに従い鉛のように体が重くなっていきます。

そして、サドンデスマッチのキョルギ(組手)

今日は多少ポイントが入る蹴りが当たってもクマン(終わり)の声がかかりません。

川津師範の今日の練習の真意は

「死力を尽くして攻める」心です。

どんなに技術があっても

どんなに逞しくても

一縷の望みに死力を賭ける心がなければ、それらは何の意味もなさないことを

川津師範はよくご存知だからです。

僕はテコンドー半人前ですが、この社会において「死力を尽くし、自分を追い越し続ける」ことを

毎日の中に組み込んで生きているので

この事が痛い程わかります。

なので、今日は子供相手ですが
(と、言っても尼崎最強女子ユウロちゃんや、その弟、疾風のハヤテくんという大人がとても敵わない子たちもいるんですが)
僕もテコンドーとしてではなく、人生の先輩として

本気で挑むことにしました。

僕の番は最後、2回ともハヤテくんとの対戦。

身長はあんまり変わらないですが、体重は20kg以上差というハンデの中

僕の蹴りと交差する度、ハヤテくんが転んでしまいます。

本当なら仕方ない中

「今度転けたらキョンゴ(反則)で負けやぞ!!」と川津師範から檄が飛びます。

温厚な川津師範にはめずらしいことです。

1回目はそのキョンゴで僕の勝ちとなりましたが

2回目、ハヤテくんの中にある「死力」がどんどん上がって行きます。

多分、僕はハヤテくんの中で戦いにくい相手だと思います。

何故なら、体重差ではなく

僕の中にあるテコンドーに、古式ゆかしい「クレモト師範」の跆拳道が眠っているからだと思います。

その時はきました。

今日、散々練習したフェイントからのティッチャギ(後ろ蹴り)をハヤテくんが放ったとき

僕はまたしても無意識でカウンターティッチャギを放っていました。

ハヤテくんのティッチャギはカウンターで回転する僕の体で弾かれ

僕のティッチャギはクレモト師範に叩き込まれた「斜め下から捻り上げる」蹴りで

ハヤテくんの尾てい骨に直撃!

ハヤテくんは動く事ができなくなりました(僕もキョンゴの蹴りですが)。

彼の恐ろしい所は

実は以前から尾てい骨を骨折しており

医者で治すことができないこの怪我をもってガチ勝負に挑んでいることと

普通の人間なら「立っているのも」という状態から、再びファイティングポーズをとったことです。

彼は死力を尽くし、僕もそれに応えますが決定打がありません。

全く、恐ろしい中学生です。

そんな中、今日、二つ目の「クレモト師範」が出ました。

企業秘密で言えませんが、端から見ても分からない「ある」フェイントから

きれいに半月のように振り上げ、半月のように叩き落とす「ネリチャギ」が

ハヤテくんの顔面を直撃し

長きに渡った「サドンデスマッチ」が終わりました。

今日、子供達は先日の試合で見つけた自分たちの「何か足りなさ」と向き合い

オッサンは今日、僕の中にある「二つ目のクレモト師範」に逢う事ができました。

しかしながら、散々ハヤテくんの右の蹴りを左の手でガードした結果

(ガードの仕方の関係上)左肩の最頂部くぼみに蹴りが死ぬ程当たり

左手が全く上がりません。


僕にできること

だらんと上がる事無い左手を下げて

見上げる僕の中の半月

こんなボロボロでも、テコンドーってやっぱり面白い。何故だろう?