黒岩禅の上司の魔法 -72ページ目

初日の出と富士山。

あけましておめでとうございます!!

2010年は多くの方々との出逢いで、大きく成長できた年でした。
ありがとうございます!感謝いたします。

2011年は、

TSUTAYAビジネスカレッジフェスティバルでの講演

志縁塾の「新春」特別講演での講演 が決まっています!


さらに、2冊目、3冊目の出版!
講演DVDの全国のTSUTAYAでのレンタル開始!

2010年以上に充実した2011年になりそうです。

「大人たちには感動を!子どもたちには夢を!」と使命に

愛と夢とちょっぴりの勇気を今年も今年もお届けします!!


応援どうぞよろしくお願いします。

▼自宅から見た「初日の出」
【黒岩禅の仕事楽】~上司として知っておきたい、いくつかの事柄~

▼自宅からみた富士山。こんなにキレイに見えたのは初めてです♪
【黒岩禅の仕事楽】~上司として知っておきたい、いくつかの事柄~

元日の朝

空気がとてもとても澄んでいたおかげで

富士山がとても近くに見えました。

あまりにも近くに見えたので、違う山か?と疑ってしまった(笑


元日からブログを読んでくれてありがとうございます!

今年も素晴らしい年になりますね!!!

深謝

黒岩禅流「初詣」の仕方

こんにちは、黒岩禅です。


今年も残りわずかとなりました。


本日は、黒岩禅流初詣をご紹介します。


もう20年ほども前のことです。

当時は、KAWASAKI ZX-10という1000ccもあるバイクに乗っていました。
スピードメーターが180マイル(288キロ)もあるモンスターバイクです。

初詣で「事故に遭いませんように」とお願いをしました。
交通安全の、小さなミカンがついた”しめ縄”を買ってバイクにつけました。

その10分後、事故に・・・・(笑
記憶を一部なくしてしまうような事故でした。

それから10年以上も初詣にいかなくなります。

「初詣に行くと事故る!」

そんな勝手な思い込み・・・というよりも事故の責任転嫁?

上司として知っておきたい、いくつかの事柄 ~



結婚を機に初詣にいくようになったのですが、

あるときに気がついたんです。


「交通安全」のお願いに行ったから、事故に遭わないことはない

初詣って「交通安全」の宣言をするところじゃないの?



初詣では
一般的には、100円前後のお賽銭を入れてお願いをすることと思います。

たとえば、

「出世できますように」とか
100円で出世させろって・・・・・無理な相談です(笑

昔の黒岩はそうでした。

100円どころか、5円や10円で・・・・(笑




黒岩禅式初詣は、


「昨年は、お陰様で業績をあげることができました。ありがとうございます。

今年は、この勢いで必ず課長になってみせます!」


昨年の感謝と、今年の宣言をするのです。(声高らかにとは行きませんが(笑)

心の中で強くつよく宣言をする。


決してお願いをするわけではありません。


感謝と宣言
夢を実現する重要要素だと、黒岩は思っています。


上司として知っておきたい、いくつかの事柄 ~


あなたも、今年から初詣の仕方を変えてみませんか?


ちなみに、「交通安全」のお願いではなく宣言にしてから

「無事故無違反」のゴールドライセンス継続中です!



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神様を感動させよう!
あなたの流した汗に、神様は感動する。そして、小さな奇跡を見せてくれる。





僕はお母ちゃんの子どもです。

僕が2~8歳の頃。
大阪市西成区の「あいりん地区」と呼ばれる街に住んでいました。

▼青色のテントはホームレスのお住まい。

【黒岩禅の仕事楽】~上司として知っておきたい、いくつかの事柄~



【黒岩禅の仕事楽】~上司として知っておきたい、いくつかの事柄~

路地の突き当たりに建つ木造のアパート。


▼この突き当たりのアパートに住んでいた。
【黒岩禅の仕事楽】~上司として知っておきたい、いくつかの事柄~

【黒岩禅の仕事楽】~上司として知っておきたい、いくつかの事柄~


たぶんは、四畳半一間の部屋でした。
風呂無し、トイレ共同、台所まで共同のアパートでした。

その台所は、石造りで、目の前の窓からは線路が見えていました。


ある日、
おかあちゃんがメロンを切っているんです。

もちろん、食べたことなんかありません。

水に濡れ黒っぽい灰色をした石造りの台所に、
キレイな緑、三日月形のメロンが置かれていく。

その一切れを僕にくれ、
「あとは大事に食べるんやで・・・」って、おかあちゃんが言うんです。

子どもながらに、残酷な未来に気づきます。

”おかあちゃんが出て行く・・・”


「おかあちゃん、出て行かんといて!僕を置いて出て行かんといて!」

子どもなんだから、そう言えばいいのに言えなかった。


僕の口からなんとか出せた言葉は、

「おかあちゃん、今度はスイカにしてな……」でした。


”メロンなんかいらん、スイカでええから、出て行かんといて・・・”

そんな想いを込めた言葉でしたが、おかあちゃんは居なくなりました。


おかあちゃんが出て行ったのは、父の暴力が原因です。

それを知っていたから、
「おかあちゃん、出て行かんといて!」と言えなかった。


1999年、僕は東京に転職をしました。
大阪を離れる上で決意したことがあります。

母に会おう。

なんとか住所を突き止めました。

大阪にある美章園という町

「こんな近くに住んでいた・・・」

しかも、何度も近くに来ている町でした。


妙な胸の高鳴りを感じながら住所地を探します。

そこには、
共同の玄関、共同のトイレ、お風呂のないアパートが建っていました。

「なんで、こんなとこに住んでんの・・・・?」と
おもわず呟いてしまいました。

こんなところ・・・というと住んでいる人に失礼ですが
僕がおかあちゃんと過ごしたアパートと変わらない

時代の変化を考えると、生活レベルが下がっているとも言える

そんなことを想像もしていなかったので、
ただただ驚いてしまったのです。


なんども、なんども、アパートの前を行ったり来たり。


会ったらなんて言おう?

おかあちゃん!って抱き合うのか?

むしろ、おかあちゃんは僕のことを覚えているのか?


そんなことを考え、躊躇していました。

1時間以上も。


意を決して、共同の玄関で靴を脱ぎ

部屋のある2階へあがりました。


表札・・・
といっても名刺サイズの厚紙に名前が書かれただけの、埃ですすけた表札


そこに書かれていたのは、

「黒岩」でした。

「離婚・・・してなかったんや」


なんで離婚手続きをしていなかったのか?

いろんな想像がぐるぐると僕の頭をかき回す。


部屋の前に立って分かること。

気配がない

つまりは、留守。


それでも、戸を叩く。

やっぱり、出てこない。

一端、アパートを出て近くで食事をと思いお店を探す。





お店を探しているときに、

おかあちゃんに、まずは美味しいご飯を食べさせてあげよう。

どのお店がええかな?

もしかしたら行きつけの居酒屋なんかがあって・・・


そこへ二人で行って

そこのお店の人に、おかあちゃんが僕を自慢してくれる


などと、おかあちゃんと二人で食事をしている風景を想像していました。



食事を終え、アパートに戻ります。

玄関先で躊躇することを、またまた繰り返し

なんとか2階へ。



やはり気配なし。

夜・・・働いてるのか?

それから、朝・昼・夜と日を変え時間を変えて行くも
一度も会うことができませんでした。

結局は、母に会えずじまいで東京に移り住みます。


2003年6月12日、母の死を知ります。

それは、婚姻届を出した日でした。

婚姻届には、両親の名前や住所を書く欄があります。

名前しか書けなかったんです。

市役所の窓口の男性から

「ご両親のご住所は?」と尋ねられ

「幼い頃から別れているので、分からないんです。」と相談しました。


「少々お待ち下さい」の言葉とともに、奥へ消えていきました

10分くらい経ったころに、先ほどの窓口の男性が来られて

「大丈夫ですよ・・・・・」とのこと。

申し訳なさそうに
「大丈夫ですよ・・・・・」と話してくれた雰囲気から悟ります。


分かってはいるけど、恐る恐る

「大丈夫とはどういうことですか?」


言いにくそうな窓口の男性。

「お母様は亡くなられています・・・・・・」



そうやって、僕は、婚姻届のその日に母の死を知ったのです。


それから7年経ち、
僕は、おかあちゃんのお墓を探そうと思うようになりました。

ようやく・・・・
ようやく・・・・

ようやく、ココロの整理ができてきたんだなぁと。


おかあちゃんは、いつ死んだんだろう?

僕が、おかあちゃんのアパートを訪ねた頃だろうか?

だから、いつ行っても居なかった?


僕のおかあちゃんは、
死ぬ間際まで風呂なし、トイレ共同のアパートに住んでいました。

僕が5歳の頃と変わらない生活だったんです。

おかあちゃん

  幸せだった?

  きっと、苦労したよね。

  きっと、辛かったよね。

おかあちゃん

 僕を生んだときは幸せだった?

 僕を産んだときは喜んでくれた?

 僕は望まれて生まれてきたのかな?


僕がものごころついた頃には、すでに父の暴力がひどかった。

おかあちゃん

  いつも泣いてたよね

おかあちゃん

  いつも、殴られてた

おかあちゃん

  いつも、逃げてた


僕を生んでくれたおかあちゃん。


僕は、ずっと母を恨んでいました。

母が僕を産んだから、捨てたから、僕はあんなに不幸だった。

そう思っていたんです。

でも違う。


僕を生んだがために、きっと苦労させちゃったね。
僕を生んだがために、辛い人生を歩ませちゃったね
僕を生んだがために、寂しい人生になっちゃったね


ごめんね。

ごめんね。

ごめんね。


そんなことに気がつくのに、こんなに時間が掛かって。


おかあちゃん、

今なら言えるよ。


僕を生んでくれて、ありがとう。

僕は、あなたの子どもで良かった。

僕は、おかあちゃんの子どもです。