自宅や親戚宅にかき氷機あった?
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あれは、小学5年生の頃だったでしょうか。帰宅
すると、
「冷蔵庫が“来ている”」
というではありませんか!全く考えてもいません
でしたので、びっくり!そして、嬉しかったです。
その時は、ちょうど、同級生数人と、地域の調査
の課題遂行中で、製氷皿で作った、ハウス食品
の「シャービック」を、皆でおいしく食べました。
因みに、この冷蔵庫も、テレビと同じく、東芝製
です。2ドア式の冷凍冷蔵庫、商品名は、「北斗
星」で、売りは、
「ドアを開けずに、外から冷水が飲める」
でした。
冷蔵庫が来ました。当然、かき氷も、自宅で作
れます。先の製氷皿と共に、かき氷機に使うため
の製氷容器もありました。スーパーでかき氷機を
買って来て、よく作ったものです。当然、それは、
手動式でした。
それまでは、近所のお店で、かき氷を注文する
と、お店の人が、外観が和箪笥の様な氷式冷蔵
庫から大きな四角い氷を出してきて、それをかき
氷機に入れます。勢いよく回る氷。途中で一旦止
め、蜜をかけ、再び動かし、出来上がった、山型
の氷の上から、再度、蜜をかけます。そこで食べ
たり、家に持って帰って食べたりしました。
いちご、レモン、みぞれと食べました。当時は、
レモンが一番好き、次いでいちご。みぞれは、そ
れ程ではありませんでした。
でも、好みは変わるもので、大人になってから
は、いちごが一番好きです。
かき氷で忘れられないこと。
僕が小学6年生頃から、母の体調が優れないこ
とが多くなりました。年に1~2回、家族で行って
いた高松も、数年前に兄が離れていて、このころ
は、父、僕、弟の3人で行くようになっていました。
高松の帰り、フェリー待合室の喫茶店で、初め
て、ミルク金時を注文しました。
でも、好き嫌いの多い僕は、当時、小豆が苦手
で、何度か、父に食べてもらっていました。
そして、僕が中1の夏。やはり、ミルク金時を注
文したのですが、この時は、小豆も、全部食べま
した。まさか、これが、父と行った最後の高松に
なるとは、知る由もありませんでした。父は、9月1
1日夜、46歳の誕生日を迎えた、僅か19日後
に・・・。
かき氷、ミルク金時、その夏ヒットしていた、松本
ちえこさんの「恋人試験」、これらを思い出すと、
ついつい、寂しさを感じてしまうのです。