①ビジネスモデルとは編集を知ること。
から引き続き・・・・・・
そして、その編集は、相手によって、編集の「仕方」が違います。
相手が家族とのことに関心を寄せている人と、だったら?
主に、家族、パートナー、子供のことを中心に
「編みます」よね?それ以外は言わないという編集をする。
一方、社内とかビジネスの仲間で作っているスポーツの仲間とか
趣味の仲間からの「昨日何してた?」の問いには
昨日は、仕事帰ってからスポーツジム行ったとか、
ジョギングしたとか、そんな話になるように「編みます」よね?
膨大 → 部分への
「編集」を瞬時に、相手にあわせて、あなたも私もしているのです。
そして、編集とは必ず相手があってのことだ、というわけです。
相手に何かを伝え終わった時に、
相手に感じ取ってもらいたいことというゴールに向かって、
あなたも私も編集をしながら話す訳です。
誰しもが、全員編集者なのです。
そして一段深く考えれば、編集とは意図だとも言えます。
学生の頃、
定期試験前に、必ずあった会話の一つから見てみましょう。
「なぁ勉強したか?」的な会話とその応酬です。
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ここで相手次第で「意図」と編集の内容~結果が変化します。
「いやぁ全然、昨日○○しにいっちゃって、疲れて寝ちゃったよ」
と順位争いをしているライバルには努力の度合いで油断を誘う会話かも知れません。
また、おたがい、赤点王で
「勉強するようなやつは仲間じゃない的」に思われてしまう仲間なら
仲間として居つづけたい、という意図のもと
本当はかなりしっかり勉強したのに
「いやぁ全然、昨日○○しにいっちゃって、疲れて寝ちゃったよ」
と言うかも知れません。
そして、
「意図」の発信の後には「意図」を受け取ったモノの側の責任として
「意図」の消化があります。
この学生時代のその会話の例なら「その手には乗らない」とお互いが
牽制しあう内容だと分かった上で、内容を鵜呑みにしない、という消化もあり得ます。
仲間はずれという暗黙の罰のある仲間の中では
「本当にしていないのか?おまえ、本当はしているんじゃないのか?」
という疑いの消化もあり得るかもしれないし
村八分が待っているのに、それに反してまで勉強しないだろう、と
「そうなんだ」とほっと胸をなで下ろすかも知れません。
そうです。
受け手も受け手でなんらかの価値観で編集的に勝手に編集している訳です。
上記の例の場合、「疑い」「猜疑心」から、
額面通りに受け取らないという消化があり得ます。
しかし・・・・・・
疑い、猜疑心よりももっと恐るべきモノがあります、それは・・・・・・。
続く
