疑い、猜疑心ではない恐るべきモノとは・・・・・・。
②ビジネスモデルとは編集を知ること。 から続きです。
関係において、信頼とか信用とかが構築されてしまった後には
その過去の経験則や、人柄などからもう疑わない
「鵜呑み」「丸飲み」もあり得る訳です。
お金に関わる詐欺師は少額のお金を複数回、借りてはきっちり返し、
を積み重ねるみたいな話を聞いたことがあります。
信頼を構築した後の鵜呑み、丸飲みという状態に向かって
「信頼しうる人格」構築という編集をしていくわけです。
さて、ビジネスの話に置き換えると・・・・・・
こんな話はわかりやすいところからいった方が染みこみやすいので
分かりやすい話から行きましょう。
たとえば
雑誌にある種の信憑性を抱いていないでしょうか?
メディア全体にはどうでしょう?
そしてある種の成功者像にいかがでしょうか?
たとえば美味しいスウィーツを勧められた時に
「テレビでやっていた、取り上げられた」というかなりの無条件の信憑。
また、
政治家を有名俳優が応援するなんて言うことがあったとします。
その俳優・女優は政治家を判別するのにふさわしい知性と
経験値を持った上で、その政治家を薦めているわけ、ではない(はず)なのに
あの有名人が勧めているからという「無条件さ」を
受け入れてしまっていないでしょうか?
すると、何が起こるか?
「信」から来る
「編集」の意図に対しての
「疑い」とか「猜疑心」とか「反証を求める思考」とか
そういうモノがすべて停止します。
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「それがなにか?」
編集とはの事例を思い出してください。
1日18時間を数分にデフォルメして伝えるのが編集です。
裏にある、表に出ていないことすべては
「編集して表に出そう」と決めたことの結果、
知らされない、隠される、ということです。
にもかかわらず
まず消費者としての経済参加者としてみると
99%もの情報を手にしていないにもかかわらず
何かを信じているわけです。
何かを疑っている、猜疑している、反証を求めている、という
価値観自体が、もしかして1%以下の誰かが編集して発信した
価値観で遠い過去に構築されたとも気付かずに
1%以下の「意図」の海でぐるぐるしてしまっているわけです。
ビジネスでのお話をすれば、
たとえば、よくお話するのは
起業~成功の姿として、事業を大きくする、という
「編集された価値観」は誰の意図として発せられたのでしょう?
事業を大きくすることによる良さとか、社会貢献性とか
大きくした人への社会からの賞賛とか
大きくした人の生活とかライフスタイルとか成功像とか
そういうモノを発信している人は「誰」って、ことです。
女性の起業を取り上げて、
「家庭も仕事も」的な女性の成功像や知的な働く女性像を
編集して取り上げているのは「誰」ってことです。
そしてそれを取り上げているモノ達の意図は何ってことです。
そのモノ達の意図とそのものが発信した情報を
「情報を消化する」相手たる私たちに、
どう「消化」してもらいたいと思って編集しているのか?
そこを読み解かないと
相手があらかじめ決めたように「消化」して
あたかも自分の「消化後の自分の価値観」として行動するようになり、
しかもそれ自体すらも、そもそもの意図だとしたら・・・・・・。
なのです。
そして、どうする?
最終 完結へ
