どこからか水音がちろちろと聞こえてくる。深い森かげに小川が流れているのか…その音がジフを夢の中に誘う…
全くトクマンさんにも困ったものだ…
嵐が来て西京へ進行する日が伸びたその日の夜…あまりにしつこく誘うので、仕方なく付いていけば、俺の馴染みの妓楼へ連れて行かれた。妓楼に連れてくるなど初めてのことだったのですぐにピンときた。
「トクマンさん、チェ・尚宮様に頼まれましたね?本当にわかりやすい人だ。」
「な なんのことだ?俺は知らん。明日から戦に参るお前を労うために連れてきたのだ。さぁ遠慮はいらぬから飲んでくれ。」
あの日から、知らぬ女達が俺の周りを彷徨きだした。笑うしかないのだが、兵舎の世話係のおばさん数名が急に若い女に変わっていたのだ。事あるごとに俺に触れ、誘い、部屋にまで入り込む…鬱陶しい事この上ない。ソナに出逢う前の俺なら一度くらいは事を為してやっていたかもしれないが…。
外を歩けば見張りの女が張り付いてくる。この女が曲者で、嫌な気を醸し出し夜も眠れない。何か術でも放っているのか、気分が朦朧とするときがあるのだ。そして今宵の妓楼…余程チェ・尚宮は俺を信用せず、ソナと別れさせたいらしい…たったの3日でこの有様か…今後は何を仕掛けてくるつもりやら…。
それならいっその事、思い通りになってやるかと妓生に触れてはみたものの、男の俺を呼び起こすことはなかった…女がめんどくせぇなんて初めて思ったことだった。
…ソナに逢いてぇな…心の底から湧き上がる想い…
「俺はもう帰りますから、ごゆっくり…ピョルさんには黙っておきますよ…」
女に囲まれニヤついていたトクマンが、急に愛妻の名を出され焦っている。
「あっ!おい待てよ!俺が小突かれるからもう少し…あ…」
「やはり頼まれたのですね?言っておいて下さい、チェ・尚宮様に…。俺は負けるつもりはないと。では」
そして今夜…嵐も収まり西京までの行軍となった。大護軍が先日言われた通り、今回ソナも同行している。そこらの禁軍の数倍は強いだろう。見張りの武閣氏が2名付いて来ていた。またあの女がいる。
俺達の今回の任…民が年貢として収めた米や塩などがここ数ヶ月、開京へ入る前に強奪されていたのだ。倭寇によるものと見せかけているようだと大護軍は言っていた。その相手を探り情報を漏らしている者を探り出せと…。
大護軍様の調べで、おおよその事がわかっていた。そしてあの夜ソナと妓楼に潜り込み得た情報…睨み通り、相手は衰退した元の生き残りであった。そして裏切っていたのはチョ・イルシン亡き後長年任されていた、重臣のチョ・グァヌン。これらを同時に捕らえ潰すこと…それが今回の行軍の目的である。
俺は、ソナのすぐ後ろを行くことにした。何かあれば守ってやることが出来る。ソナは初めて会った時のように武閣氏の外套で顔を隠していたが、俺を見つけたとき輝くような笑顔を見せてくれた。抱きしめたい気持ちを押さえ込み、一言だけ言葉を交わす。
「逢いに行かなくてすまない…逢えば触れたくなっちまうからな…気をつけろよ?大護軍の横に居てくれ。後ろには俺がいるから安心しろ。」
「わかってるわ…私も同じ気持ちだから。ありがとう…」少し哀しげに微笑むソナが愛おしい…。心のどこかで、俺らしくねぇな…と思う自分がいる。
西京からの者達と合流する予定場所近くの山に差し掛かった頃、小川から聞こえてくる水音が心地良く、このところあまり寝ていなかった俺を眠りに誘う…フッと気付くと何者かの気配がする!弓が射られてきた!
少し前を行くソナが身を低くして、初めて逢った時に見た、細い木刀に良く似た形の剣を抜き、弓を弾き飛ばしていた!隣には大護軍とテマンさんがいる。大丈夫だろう…相手はどのくらい居るのだろうか…かなりの弓の数。今日の作戦のことは、禁軍アンジェ直属の信用できる者たちと迂達赤の丁部隊しか知らない内密のものなのだ。
考える間もなくヒュンヒュンと弓が飛んでくる。大護軍が森に雷功を放つと、辺りを昼間のように明るく照らし出す。闇夜に光った敵は、50名程であろうか…その音を合図に、遠く周りを取り囲んでいた禁軍が間合いを詰め、敵に襲い掛かり挟み撃ちにする。
周りは馬のいななきや、激しい叫び声、剣戟の音、弓の打ち引かれる音や剣を交え火花の散る音などが渦を巻いていた轟いていた。俺はソナのすぐ近くまで馬を走らせる。
「大丈夫か?」
「えぇ…あなたは?」
「ああ、大丈夫だ…あ!?ソナ!避けろ!」
ソナの後ろから斬りかかってきた敵に、剣を投げる!その時ヒュンッヒュンッと音がしてソナが俺の腕を引き弓道から俺を逸らし、剣で弓を弾き飛ばす!もう1本が避けきれずにソナの右肩に刺さった!
ソナが剣を落とし、手綱を掴む手が緩まり、向こう側にゆっくりと馬から落ちていく…
手を掴もうとしたが届かない!
「ソナ!!だめだっ!!」
図書館で借りた本から(笑)高麗の地図

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