「それでは失礼いたします」
「ねぇ、医仙様の所に行きましょう?その顔の怪我、診てもらわないと…」
ソナは、ジフの心遣いが嬉しくて、彼の大きく温かな手をキュッと握り返し後に続いた。
ジフは相変わらずどこ吹く風だが、そんな辛辣な声が聞こえてくるたび、下を俯いてしまうソナ…あまり人と関わらずに生きてきたので、悪意に晒される事に弱いのだ。
チェ・尚宮は武閣氏の訓練場にも、王妃様の所にもおらず、坤成殿の奥の兵舎へと向かう2人…。
「悪いな。俺、そういうのもうやめたのさ。他を当たれよ…。」
昨日までのソナなら何も感じなかったかもしれないが、ジフに抱かれるという事がどういう事なのかわかってしまった今…心がどうしようもなく乱れていた…。
チェ・尚宮の影のようにここ数年を生きてきたソナ…。本当に自分なんかがジフと一緒になっても良いのだろうか…そんな考えが頭から離れなくなってしまった。
兵舎の前でジフの手を引き、立ち止まる…
「どうしたんだ?ほら行くぞ?」
下を俯いていたソナが顔を上げジフを見つめる。
「本当に私なんかで良いの?あなたならどんな女の人でも思いのままでしょ?今なら、大護軍様だけしか知らないわ…。まだ引き返せるわよ…?」
震える声でそう告げる…。
ジフは今までに見たことのないような顔を見せた。
「…お前、それ本気で言ってるのか?俺の気持ちがその程度だと思ってんだな?信用出来ねぇって事か…わかった。もう良い…」
ジフはソナの手を振りほどき、後ろも振り返らずに歩いていってしまった…
ソナは、その場に座り込んでしまう。立っていられなかったのだ…彼に振り払われた手を見つめ、涙があとからあとから溢れだし止める事が出来なかった…。涙で霞んだ視界の中で、ジフの背中がどんどん小さくなり見えなくなっていく…喉が張り付き、“行かないで”と言う言葉すら出すことが出来ない…胸が苦しくて、刺された時より痛かった…
大丈夫…彼のためよ…今までだって私は一人で生きてきたじゃない…それにまだ彼とは逢ったばかり…夢だったと思えば良いの。大丈夫よ…ソナ…きっと忘れられるわ、いつか…必ず。

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