台所で突然声をかけられたヘスは驚いてしまった。奥様が亡くなられてから、ほとんど食事を召し上がることもなかったナウリーが、昼過ぎに起きてきて食事を頼むと申された…二月ぶりの事である。心配されたハヌル様とパダ様が夜だけはと一緒にお食事をされているのだが…。
ーはっ はい!ナウリー!お食事が召し上がれるようになったのですね!?すぐお持ち致します!
食事を食べ終えたチェ・ヨンは、道場へと向かった。今日は、テマンが子供達を教えてくれていた。
ーテ テホグン!どうしたのですか?だ 大丈夫なので?
ーテマン、俺はもうテホグンではないと言っておるだろう…。あぁ…心配をかけたようだな…。先程ヘスにも驚かれてしまった。俺ならもう大丈夫だ。これからは、俺が誠心誠意子供達に武芸を教えよう。強くあればこそ、人を殺める事をせずともすむからな…。この子供達の中からも内攻を操る者も出て来るやもしれぬ。それは、俺にしか見抜けぬであろう…。この国のため、俺にもまだ出来ることがあろうて…。テマン悪かったな。
ーいえ、俺のことなど…。では、私は後ろに控えておりますので、何かありましたら申して下さい。
チェ・ヨンが子供達に稽古をつけていると、ハヌルとパダが医院の仕事を終え道場へやってきた。恐らくテマンに聞いたのであろう。
ー父上!そのような弱った身体で大丈夫なのですか?急にどうされたのです?
ー……イムジャが…母上が昨夜夢に来てくれたのだ。そして、昔のように俺の足の脛に蹴りを入れて行かれた…。私との約束を守らぬつもりかと…。俺は…父はな…何があろうとイムジャとの約束だけは、破れぬのだ。お前たちにも本当に心配をかけてしもうたな…。もう大丈夫だ。飯も食らうし身体も動かそう。俺は、俺の生を全うせねば、イムジャの元へ参れぬのだ…。武士の誓いをしてしまったのでな。
ー母上が…。ふふ!さすが母上ですね!天へ参ろうとも母上は母上なのですね!
私もパダも、あの恋文を読んでから、母上…とついつい呼びかけてしまうのです。そうすると本当に側に来てくださる気がするのですよ。
ーあぁ…。そうだな。イムジャと心で呼べば、イムジャの香りがふわっと漂ってくるのだ…。天へ行かれてもなお、俺を生かそうと精一杯力を尽くすイムジャに、俺はお手上げだよ、ハヌル…。昔からいつも、俺の負けなのだ。イムジャには敵わぬ。パダ、母上のような強く気高い女人と夫婦になるのだぞ。
ハヌルとパダは顔を見合わせて笑ってしまった。
ー父上、大丈夫ですよ。私達の憧れは父上と母上なのですから…。人を見る目は養われておりますよ…。
それからしばらくチェ・ヨンは、一生懸命道場で子供達を指導し、その中から2名ほど、内攻を扱えるのではないかと思える子供達を見出し、ミンジュンを呼び彼に託した。この子供達を特別に鍛えて欲しいと。
ー父上が教えてあげれば良いではないですか?
ー…ミンジュン、俺ももうこのような歳になってしもうた。歳には勝てぬのだよ。この子供達を頼むぞ。たまに道場へ参って鍛えてやってくれぬか?かなりの内攻を秘めておるかも知れぬ。
ー父上がそう言われるのなら…。パダと2人面倒を見ることに致します…。
その日の夜…イムジャが天へ召されてから初めての雪が、音もなくしんしんと降り積もって居た…。チェ・ヨンは、ウンスの遺髪を懐より出し、雪を愛でながらウンスと共に酒を呑んでいた…。
ーイムジャ、一緒に酒でも呑みましょうか。イムジャの嫌いであった寒い季節となりました…。いつもあなたは、寒い寒いと冷たい身体で俺にくっ付き、暖めてと甘えてくれましたね。俺はいつでも体温が高いので、イムジャのひやっと滑らかな身体がとても心地よかった…。せっかくオンドルも作ったというのに、夜寝る時だけは寝台で寝たいと言ったイムジャ…。俺の腕の中が一番暖かいからと…。でもそれは暑がりの俺のためだったとわかっています…。
イムジャ…今、どうしようもなくあなたに触れたい…。少し眠くなりました…。また今日も夢でも良いからお逢いしたい……。
……ヨン…チェ・ヨン…チェ・ヨン…
……イムジャが呼んでいる…。ここは、またあの夢の中なのか…?
ーチェ・ヨン…やっと迎えに来たわよ。
ウンスは初めて出逢った時のままの美しい天女の姿であった…
ーイムジャ!迎えを心よりお待ちしておりました。
チェ・ヨンはウンスを抱き締める。
ーチェ・ヨン…。一人貴方を遺してしまってごめんなさいね…。でもどうしても、あなたはあなたの寿命を全うして欲しかったから…。
ーイムジャの考える事など、わかっております…。イムジャからの恋文…そして蹴りを入れてもらい、今日までなんとか生きて来られました…。最後まで俺を生かそうとしてくれたのですよね?もう少しで俺は俺を殺す所でした…。もしそのような事になれば、こうしてイムジャに逢えなかったのでしょう?
ーえぇ、そうよ…。でも、私は信じていたわ。あなたならきっと大丈夫と…。さぁ、私と一緒に行きましょう。お父様お母様、そして叔母様も待ってるわ。これからも私が、あなたを幸せにしてあげる…。
チュッと自分にきっすをしながら微笑むウンスを、ギュっと抱き締めるチェ・ヨンの眼から涙が零れ落ちる…。
ーもう、俺たちが離れる事はないのですね?
ーえぇ。もうずっと一緒よ…。千年たとうとも、永遠にね…。
ーイムジャ、いつまでもあなただけを愛しています…。永遠に共に…。
次の日の朝、起きて来ないチェ・ヨンを見に行ったハヌルが見たものは…
ウンスの遺髪を抱き締めながら、本当に幸せそうな笑みを浮かべ亡くなっていたチェ・ヨンの姿でした…。
ー父上…やっと母上の元へ参れたのですね?本当に良かった。私達の事は心配無用にございますよ…。いつまでも二人は私達の憧れですから…。
母上、先の世への手紙の事は必ずや私とパダがやり遂げて見せましょう…。ご心配なさらず父上の事をお願いします…。
初雪の降る朝…チェ・ヨンはウンスの元へようやく旅立つ事が出来ました…。チェ・ヨンらしい穏やかで優しい終焉…。死してなお、お互いを慈しみ護り抜こうとした二人でした…。


















昨日、ウンスはチェ・ヨンを迎えにきてくれたんですよね?のコメントを受けて、One-shot(読切) “初雪” 書きました…。
またこんな時間のアップです~

今考えてるお話があるんですが、皆様は優しい男とツンデレな男…どちらがお好きですか?細かなキャラ設定でちょっと悩み中です…。
まだ、月初の仕事が終わりませぬ~

一日お休みしてしまうかもしれませぬ~

ではアンニョン


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