主婦であり、母であると、しなければならないことが多すぎる

もう、しなければならないことをするのは嫌なのだ~~~~

家事も子育てもしなければならないのは、もうたくさんナノダ~~~

しなければならないからしたくはないのだ!!!!!

したいからする

ただ単純にそうしたいのだ!!!!

だんなさまの妻であり、子供たちの母である

ただそれだけなのに、なんてしなければならない・・・と思うことが多いのか!

ただ妻として、母として存在したい

何かをするからなるのではなく、ただそうあるのだ

それだけで、ただあるだけでOKなのだ!


家事も子育ても、みんながうれし楽し♪になるからするのだ

みんながうれし楽し♪でいることが、私もうれし楽し♪なのだ!!




あ~~~~スッキリした~~~~顔に縦線2



私が記憶している私の歴史をひもとき、「今の私」がどうやってできたのか解明しようという試み~「私はどうやってできたのか」 続きです。

過去記事↓
私はどうやってできたのか①
私はどうやってできたのか②
私はどうやってできたのか③
私はどうやってできたのか④
私はどうやってできたのか⑤
私はどうやってできたのか⑥


イタリア・南フランスの旅から帰ってきて、しばらくしてから就職した。
私が所属した部署は、人材請負をする部門だった。
請負といっても、今はやりの製造業のラインではない。
主に若い女子の受付案内だ。

入社してすぐ、ある施設の採用試験にかりだされた。
一般常識試験、適性検査、面接とシステマチックに動いていく。
試験の採点や面接室への案内などをしたような気がする。

そして、入社して数ヶ月しか経っていない私が、新しくオープンする施設の立ち上げをすることになった。
立ち上げするには、スタッフの採用・マニュアル作り・研修などやることがいっぱい、かつ、まだ実情がわからず想定しての研修となる。
他の施設の先輩に来てもらい、見よう見まねで研修もした。
とにかく、必死だった。
そこが無事オープンすると、その近くの博物館の立ち上げをした。

一度立ち上げをしているので、もう何でも知ってます風の口を聞いていたらしい。

オープン後、しばらくそこの管理監督者(ディレクターといった)をしていた。
お客さんとしゃべるのは楽しかったが、スタッフには細かったようだ。
あるべき理想が高いのだ。

そこで働いて3,4ヶ月したころ、お見合いをした。
今まで、一緒に夢を語り合えるようなパートナーは欲しいと思っていたが、結婚には全く興味がなかった。

結婚すると、自由がなくなる反面やらなければならないことが増えるだけだ、と思っていた。

専業主婦になりたいと思ったこともないし、絶対なりたくなかった。

友達との会話では、どこかにいい人いないかな~と、ずっと言っていたが、仕事大好きだったのである。
ずっと仕事をしていく予定だった。
そして、お見合い話はずっと断ってきた。

しかし・・・やはり30目前の娘を抱えた母としては、とにかく結婚してほしかった。
今より未婚率はかなり低かったのだ。
「結婚して戻ってきてもいいから、一度結婚して」と言われた。
見合いも「とにかく、一度会って!」と言われ続けた。

見合いの釣書といっても、名前と住所、学歴、趣味くらいしかない。
それで、どう判断するのだ。
写真も絶対合わないと思えた。
断り続けたが、根負けした。
とりあえず、会うだけならいいか。

紹介してくれたおばさんは会うと決めた日に都合が悪いらしく、二人だけで会うことになった。

私は土日は仕事だったが、相手は土日が休みだったので、私の仕事が終わってから会うことになった。
一応、ホテルのロビーで待ち合わせた。
私は全く乗り気でないので、お洒落っ気が全くない服で行ったことを憶えている。
失礼なことをしたものだ。

「はじめまして」
会ってみると、写真と全く違う人だった。
お見合いらしく、フレンチを食べながらしゃべってみると、初めて会った気がしなかった。
「こんなに楽にいられて、楽にしゃべれる人は初めてだ」と思った。
ヨーロッパに出張に行くこともあるので、フレンチも食べ慣れているし、さりげなくエスコートできる。
といって、いやらしさはない。
あんなに乗り気でなく、とりあえず会うだけと思っていたのに、帰りには連絡先の交換をした。

それが、今の旦那との初めての出会いである。

(こんなに赤裸々に書いていいのか・・・・)

ただ一緒にいて、心地よかった。
手料理をごちそうになったこともあった。
私が働くことにも、まったく問題なかった。

そのころは、付き合っている時は男性が支払いする風潮があったが、私はそういうのも嫌だった。
「今日は私が払うわ」というと
「ありがとう」と言って
私が払う後ろで待っていた。

男のこけん、見栄などない人だった。
「男たるもの・・・女たるもの・・・・」という思い込みがない人だったということが、私が結婚を決めた理由の一つである。

半年ほど付き合って結婚した。

つづく

昨日はマンションの夏祭りでスイカ割りや花火をしたり食事をして、楽しく過ごしました。
普段お会いしない方とも交流できる機会があるのは、いいですね♪

今日のカードは

ボイジャータロット「Chariot」 (戦車)

です。




やりたい気持ちがいっぱいあるなら
強い思いで心が満たされているなら
やってみませんか。

あなたの気持ち・思いを胸に
とりあえず飛び出してみましょう。

車もロケットも動き出す時が一番力がいるのです。

あなたの一番強い思い・気持ちは何ですか?


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お手数をおかけしますが、よろしくお願い申しあげます。





私が記憶している私の歴史をひもとき、「今の私」がどうやってできたのか解明しようという試み~「私はどうやってできたのか」 続きです。

過去記事↓
私はどうやってできたのか①
私はどうやってできたのか②
私はどうやってできたのか③
私はどうやってできたのか④
私はどうやってできたのか⑤


昔から本が好きだった。
本から知識を得ることも好きだった。
営業をしている時は、営業マインドやカーネギーの本なども読んだ。

うつになった時もまず本屋へ行った。
本屋の一番目立つところに平積みしてあった本の中に
この本があった。↓
聖なる予言 (角川文庫―角川文庫ソフィア)/ジェームズ レッドフィールド
¥780
Amazon.co.jp

初めて、スピリチュアルに出会ったのだった。
「そんな世界もあるのか~」とごく当たり前のように、疑うこともなく受け入れる自分がいた。

そして、「神との対話」シリーズも読んだ。
単行本の初版本である。

神との対話―宇宙をみつける自分をみつける (サンマーク文庫―エヴァ・シリーズ)/サンマーク出版
¥730
Amazon.co.jp

そして、「ラザリス」という本。



何度も読み返した。

愛を求めて、心にぽっかり穴が開いた私にラザリスの言葉が響いた。

「誰も愛してくれなくても、神様だけはいつも変わらず、どんなあなたであってもあなたを愛し続ける」
そんな言葉だったと思う。
大きな安心感があった。
愛してくれる人がいる。
もっと身近に愛してくれる人はたくさんいたのに、その時には気がついていなかった。

ラザリスに救われ、段々よくなっていった。

そんな時に何度も聞いた曲↓

「Piece of my wish」 今井美樹

~♪ 朝がくるまで泣き続けた夜も歩き出せる力にきっとできる~

そして、元気になってきた時、友達とイタリアと南フランスにホテルも取らずに10日ちょっと、気ままな旅にでかけた。

イタリアはどの街も素晴らしかった。
私は特にフィレンツェが好きだった。
あちこちの小さい教会まで、いろんなところへ行った。

有名なウフィツィ美術館で、その出来事は起こった。

ウフィツィ美術館は、名画の宝庫だ。

レオナルド・ダ・ビンチ「受胎告知」


ボッティチェリ「ヴィーナスの誕生」


ある大きな絵に釘付けになった。
キリストが磔から降ろされ、マリアさまに抱きかかえられ、女達が泣いている絵「ピエタ」だ。

その絵を見ていると、言葉が下りてきた。
下りてきたという言葉が適切なのかどうかはわからない。
急にある思いが確信をもって浮かんできたのだ。

それは、

「この人生で私は、「無償の愛」を学ぶのだ!」


天からの下りてきた神様からの言葉とその時は確信をもった。
この言葉を聞くために、ここへ来たのだと思った。

そして、旅は終わり、私は就職をした。


続く


おはようございます
5年生になる子供が夢の中で色々聞いたとお話してくれました。
「よく食べて、よく運動して、元気でいる」
といいことがあるそうですよWハート


今日のカードは

ボイジャータロット「Confusion」(混乱)

ですsei





カードを見ると、たくさんのクリスタルが見えます。

それらのクリスタルを見て、どう思いますか?


多くの人が、「きれい!」と言われます。


そばに寄るとごちゃごちゃしていて、何かわからない
どこに何があるかわからない
わーん、どうしよう~はにわ

と思うことでも、


離れてみると、とてもきれいに見えるのですハート


これのクリスタルのひとつ、ひとつがアイデアやひらめきだったらどうですか?

なんてアイデア豊富!
知識が豊富!
ひらめきにあふれている!


ごちゃごちゃしていてどうしようもないと感じる時、少し離れてみるといいかもしれませんね。

きっと様々なアイデアやひらめき、知識にあふれていることに、驚くことでしょう。


すっきりさせたかったら、整理整頓すればいいだけです。
同じ色は同じ所において・・・

ほら、すっきりしたでしょハートアゲアゲ↑↑






私が記憶している私の歴史をひもとき、「今の私」がどうやってできたのか解明しようという試み~「私はどうやってできたのか」 続きです。

過去記事↓
私はどうやってできたのか①
私はどうやってできたのか②
私はどうやってできたのか③
私はどうやってできたのか④


就職先に選んだのは、社員数百人の中小企業だった。
叔父の縁故で大手旅行代理店を受ける話もいただいたが、中小企業の方が女性が活躍できる場が多いと思っていた。
何より若い会社で活力があった。

配属は京都営業所、四条烏丸のど真ん中だった。
始めは、店売業務。お客様への接客だった。
お客様と話をするのは楽しかったし、商品が売れやすいように並べたり、ポップを書いたりするのも楽しかった。
若い営業所で、所員はすべて20代、大学のサークルのようなノリだった。

2年程して、希望していた営業に配属になった。
旅行代理店をまわって情報収集したり、旅行説明会に参加したり、空港でのセンディング(出発案内)などで忙しかった。
当時は伊丹の大阪空港だったが、中国や香港などへの便は集合が朝早く、旅行説明会は夜あったりして、朝早くから夜遅くまでよく残業した。
北は北陸道木之本から中国道豊中まで、高速もよく走った。
おにぎりをかじりながら、時速120kmで飛ばした。今でも運転はおっさん運転である。

営業成績は悪くなかったように記憶している。
ただ、世間話をしていただけだったが、かなり売上があがった代理店もあった。

「うちにおいでよ」と言ってくれるところも何社かあった。
「プロ添(プロの添乗員)になってよ。そうしたら、いつもお願いできるから~」と言われたりもした。
しゃべることは苦手だったが、相手の懐に飛び込むことができるようになった。

その頃、フラワーデザインを習っていて、いずれフラワーデザインを仕事にできたらいいな、と思うようになっていた。
お花屋さんに転職したいと、その仕事をやめることにした。
今思うと、営業数字に関して常にお尻を叩かれること、長時間残業手当なしに働くこと、そして、売る商品を積極的に勧めたいと思えなかったこと、そして、営業の孤独などがやめる引き金になっていた。
新しいステージへと思い込もうとしていたが、実際のところは嫌になってしまったのだ。
約5年で、その会社を辞めた。

嫌になってしまったのは、仕事や会社ではなく、自分自身でもあった。
仕事をしている時は、男性のようにバリバリ働く強い女性だった。
一方、自分の中には弱い部分もたくさんあって、強く見せることに疲れてしまったのだった。
せめて、家族に対して弱い部分をみせられていたら、違っていたのかもしれない。
家族の前でも、強い女性で居続けた。やめることをどうしても言い出せず、送別会の花束を見た母に「これ何?」と聞かれて、やっと「辞めることにした」と伝える有り様だった。

辞めたあと、しばらくして念願のお花屋さんに就職が決まった。
京都では大きめの花屋で、お店の他、ホテルの宴会などにも入っていた。私は、ある老舗ホテルの宴会の部署に配属になった。

その部署のリーダーは、ある意味昔ながらの職人のような人だった。すぐに花をささせてもらえない。アレンジや花束をつくることを夢みて入った花屋だったが、花の掃除、花をさすオアシスの準備、出来上がったアレンジを宴会場にセットして引き上げる、の毎日だった。
それでも、男性3人の中で紅一点、営業で身につけた図々しさで仕事をしていた。
そんなつもりは全くなかったが、「おまえは、あーいや、上祐(こういう)や!」とよく言われた。どんな対応していたんだろう。ここでも全く自覚はない。

約2年働いたが、結局花をさすことなく、辞めることになった。
いろんなことがあり、うつ状態になってしまったのだった。

寝れない、食べれない、人に会うのが嫌、という状態で、どんどん痩せていった。
どうしたらいいかもわからず、ただ一人、部屋で泣いていた。
ある日思い切って、心療内科に行って、薬をもらった。
薬を飲むと、久しぶりに夜眠れて、明るい気持ちになれた。
結局、病院には2回行ったが、1回めと2回めの間に母に言われた言葉に救われ、それ以上薬を飲んだり、病院へ行ったりすることもなかった。
何を言われたのか、憶えていない。
ただ、受け入れてもらえた安心感があったような気がする。

このうつの期間に、スピリチュアルの世界との出会いがあった。

長くなったので続きます。
今日もカードを一枚ひいて、そのカードのメッセージをお届けします♪

今日のカードは

ボイジャータロット「Dullness」(無気力)

です。



無気力と聞くと、気力がない・・やる気がない、という悪いカードのようにみえるかもしれません。
しかし、このカードの気力とは、思考の気力です。

考えよう、考えようとすること、そこを無気力にする。

つまり、

考えない。


頭を働かせない

頭を使わない

頭がないように生きてみる

そんな時間も時には必要ですね!

ふと思い立って受けたセッションがあまりにも気持ちよかった上に、背骨が矯正されると聞いて、講座を受講しました星
旦那さんにしてあげたいと思ったためですはぁと

旦那さんは脊椎が弱くて、椎間板ヘルニアで手術をしたり、首に狭窄があって手がしびれると言ったりしていた時期もありました。(今は調子がいいようで、大丈夫みたいです。)
このセッションでは、脊椎湾曲症が治った症例もあるそうで、旦那さんにぴったり!でした
ぺこ

そのセッションとは

レインドロップテクニック」です
おんぷ


ヤングリビング社のグレードの高いアロマオイルを何種類も直接肌に垂らして、浸透させていきます。
かなり贅沢にアロマオイルを使います
キラキラ☆

使うのはハーブの葉っぱ系のオイルが多いので、とてもすっきりします。
コリなどもほぐれて、たまっていたエネルギーが解放されます。
感情などの解放もすすむようです
何よりリラックスして、身体も心もほどけていくようです
ハート
(寝てしまわれる方多しです。私も受けた時寝てしまいました)

その時は何も変化を感じられなくても、エネルギーは変わっていきます~


カードのメッセージをお伝えします星

今日のメッセージ
今の自分への問いかけ
カードの勉強

など、お好きなように読んでくださいおんぷ

私は
今の読者さんに必要なカード
と意図して、カードをひいています好


今日のカードは

禅タロット「幻想を超えて」

ですキラキラ☆


今目の前にある

仕事
環境
人間関係
そして、自分自身

が、本物で、自分には変える力もなく、動かしがたい現実だ、と思っていませんか?

あなたの

理想
願い
はどこへ行ったのでしょうか。


目を閉じ、あなたの本当の夢・理想・願いをもう一度思い出してください。

青虫は自分が蝶になることを知っているのでしょうか?

今、あなたが青虫のようだと感じていたとしても、必ず蝶になる日はやってくるのです!