最近、仕組み/からくりが目に浮かぶことが多い気がしてます。
人生脚本の再演の説明で、場面は違うけどいつも同じように繰り返すって側面があったと思います。
そんな仕組みが目についたように感じたので書いてみます。
条件づけと聞いて、有名なのは「パブロフの犬」だと思います。
以前の大河ドラマ「麒麟がくる」で、信長が大きな魚を取って帰ったら母が喜んだ。
だけど、そのあとはいくら大きな魚を持って帰っても、良い顔はしなかった。
それでも魚を撮り続けたのは、安く売って漁師たちが喜ぶからと、言うようなエピソードがありました。
僕の洗濯物を干す行動の、ヒントがここにあると思いました。
子どもが手伝いをするのも、ドラマの信長が魚を取り続けてるのも、オペラント条件づけだと言えます。
報酬を与えたら行動の出現は強化されるし、罰を与えたら無くなるよってことを説明しようとしたんですが。
メッチャ不快なことを思い出してしまった。
小学生の時に、毎月のお小遣いが友人に比べて少なかったので、風呂掃除とか皿洗いとか手伝ってお金を欲しいとお願いした。
毎日、手伝いをしてお金を稼いでいたある日の日曜に僕にお金をあげ過ぎだと姉や父が言い始めて、手伝いの報酬は半額になるどころか無くなってしまった。
それ以降、僕が喜んでお手伝いをすることは無くなった。
趣味と実益を兼ねた手伝いは、喜びを与える物ではなく苦痛なものに変わってしまった。
22歳の頃、僕は新聞販売店で働いていた。
ある月に、営業成績を上げまくって、営業を専属にやっている人たちと混じっても3位の成績をキープしていた。
契約期間リストをみても、そのまま後半でもペースを落とさない自信があったので、「次の給料は手取りで36万は固い」って盛り上がっていた。
給与明細をもらって、先輩社員たちにも「見せろよ」って言われながら開いたら手取りで28万円。先月からは、5万円しかアップしていない。
社長に問い合わせをしたら「就業規則を変更したから、報酬も改訂した」と返答。
古株の社員と社長が、報酬を改定して僕がメインで上げていた契約の報酬を1/3にしていた。
無理目な契約は2倍に、普通の契約は3割になったので多くの社員の給料が上がりにくくなって、新聞社からの報酬は変わらないクソ(失礼)みたいな制度に変更されていた。
僕は、働きたくない人で願いが叶うなら遊んで暮らしていたい。
そんな感覚になった原因が見つかった気がしています。
また、オペラント条件づけと良い子の決断(感情の面倒をみる)の自我状態については、冷静になった頃に改めて書きます。
ドレスコーズの「愛に気をつけてね」に出てくる"クソってんだよね!"ってフレーズはこう言う時に使うのか‼️って、教えてもらった気がしてます。
STANCE PUNKSの「クソッタレ解放区〜クソッタレ2」を聴きながら