ファミマのメロンパンで昨年までよく食べてたのは、緑色のしっとりとしたコーティングがしてあるメロンパン。
中に、クリームが入ってるタイプだったと記憶してます。


子どもの時に、初めて食べたメロンパンの衝撃は大きくて、毎日食べたいと思ったものです。

成長していくにつれ、いつの間にかメロンパンが好きではなくなっていた自分にメロンパンの美味しさを思い出させてくれたメロンパンでした。


僕は、美味しいラーメン屋を探していて、下総中山駅の「鶏そば朱雀」を見つけるまではこれでもないあれでもないと、間違い探しをしていたような感じがします。

鶏そば朱雀をしってからは、他のラーメン屋に行くとやっぱり間違い探しをしています。
ここも、やっぱり朱雀以上じゃないって。



最初のメロンパンと鶏そば朱雀に共通しているのは、自我状態がCの時に接している。
その後のメロンパンは、最初のメロンパンのデータ/情報をもとに評価しているので、PもしくはAで味わっているからCで美味しさを感じていない。

フランス料理でマナー通りにとか、ワインをソムリエ風に語るならPやAは必要でしょう。
だけど、美味しく食べたいとか美味しかった店に行くなら、C優位で行ったほうが素直に味を感じられそうです。

最初のメロンパンの記憶は、振り返ってる今ではCでは無いかもしれないけど、衝撃は確かにCで感じたんだもの。
Cで(PやAの審査抜きに過大に)感じた味だから、後から食べてPやAで審査したものがかないっこないのは仕方ないと思います。


そう考えたら、自分には合わなかった店の味もCよりPやAで食べてるから、自分の好きな店の味(プラスの感情ともに美味しいと感じられる)と比べたら、どうしたって落ちるのも当然だと思えます。


自分の自我状態とタイプに合ったお店を選べた時の幸福感を味わいたいものです。



矢野顕子の「ラーメンたべたい」を聴きながら