古代ギリシャの哲学者プラトンが

 

人々に説いた教えや寓話にはとても面白く、
 
考えさせられる話しがたくさんありますが、
 
そのなかでも「洞窟の比喩」という話しは
 
「奇跡のコース」の世界観を理解する上で
 
とてもわかりやすい物語です。
 
今日はゲイリー・レナード著の
 
「神の使者」から「洞窟の比喩」を
 
引用します。
 
 
 
ゲイリー
 
  『 ぼくの記憶じゃ、
 
    洞窟のなかに囚人がいるんだよ。
 
    しっかりと鎖につながれているんで、
 
    振り返ることも、
 
    視線を動かすこともできない。
 
    彼らの目の前にあるのは洞窟の壁だけ。
 
   
    でも記憶にある限り
 
    ずっと洞窟にいるから、
 
    知っているのは洞窟のなかだけなんだ。
 
    目の前の壁には影が映っていて、
 
    音が聞こえる。それがすべてなので、
 
    彼らは自分たちが見ているものが
 
    現実だと考えている。

 

 

 
    すごく惨めで哀れな話だけど、
 
    当人たちはそれがあたりまえだと思い、
 
    けっこう快適なんだ。
 
     
     ついに囚人たちの一人が自由になって、
 
    後ろを振り返り、
 
    自分たちは洞窟にいると気づく。
 
    入り口の向こうからは光が射している。
 
    目が光に慣れるのには
 
    長い時間がかかるんだが、
 
    入り口のほうへ行ってみると、
 
    外の道を人々が歩いていて、
 
    その人たちの影が
 
    洞窟の壁に映っていたんだとわかる。
 
 
     
     自由になった囚人は、
 
    洞窟の囚人たちは
 
    自分たちが見ているものが
 
    現実ではないことを
 
    知らないんだと気づいて、
 
    洞窟に戻って自分が発見したことを
 
    教えようとする。
 
    だが、囚人たちはこれまでの考え方に
 
    慣れきっていて、自由になった者の話を
 
    聞きたがらない。それどころか、
 
    逆に彼を殺そうとする。
 
 
    この物語はこういうことを
 
    言いたいんじゃないかな。
 
    人は自分たちが自由を欲していると
 
    思っているかもしれないけれど、
 
    実は自分の見方を捨てるのは
 
    嫌なんだって。』
 
 
(「神の使者」第一部  『夢のなかの囁き』
       2   『地下のJ  』 p39)
 
 
プラトンは
 
この不完全な世界を超えた向こう側に
 
完全なイデア(善そのもの)があり、
 
イデアは永遠なる現実、
 
変化や栄枯盛衰に
 
まったく影響されることのない領域
 
であると説明しました。
 
そして、プラトンはさまざまな
 
霊的体験を通して、
 
このイデアこそが一なるものであり、
 
一なるものは変化せず永遠であることを
 
感じていました。

 
 
 
プラトンは光が
 
「善」から来ており、
 
それ以外の影はすべて幻想であり、
 
実在しない夢だと
 
考えていました。

 
 
つまり、洞窟の外にあるのが
 
光であり、イデア(善)であり、
 
永遠であり、神であり、
 
一なるものであり、光り輝く霊であり、
 
完璧な愛に満ち溢れた世界です、

 
 
一方、
 
洞窟のなかは
 
幻想の世界であり、
 
実在しない夢の世界であり、
 
生と死、はじめと終わり、
 
光と闇、隠と陽、
 
男と女、善と悪などの
 
二つの相反するものが支配する世界であり、
 
すべてのものが絶えず変化し、
 
移り変わり、最後には朽ち果てて
 
死にゆく運命にある世界であり、
 
私たちが何の疑問も抱かずに
 
日常生活を送っている
 
肉体と物質からなる世界です。

 
 
つまり、プラトンは
 
私たちが過ごしている
 
この日常生活こそが
 
洞窟のような世界であり、
 
実在しない幻想の世界であり、
 
生と死のある世界であり、
 
永遠に続くものなど何もない、
 
移り変わりやすく、不安定な世界であり、
 
肉体と物質からなる世界であると
 
宣言し、

 
 
この洞窟のような暗い世界
 
を超えたところ、
 
時間や空間や肉体などの
 
すべての限界を遥かに超えたところに
 
私たちの常識や考えや想像を
 
180度くつがえす、
 
驚くべき光の世界が
 
広がっているのだと説きました。

 
 
洞窟の外は
 
永遠で無限の喜び、
 
永遠で無限の幸福、
 
永遠で無限の安らぎ
 
永遠で無限の愛、
 
永遠で無限の自由、
 
永遠で無限の優しさ、
 
永遠で無限の強さ、
 
永遠で無限の純粋さ、
 
永遠で無限の生命、
 
永遠で無限の光に満ち溢れた 
 
霊的な世界が広がっているのです。

 
 
プラトンが主張する
 
洞窟の外には
 
永遠があり、神があり、
 
一なる愛(霊)があるという理論は
 
「奇跡のコース」と同じものですが、
 
プラトンは洞窟の壁に映つる幻想の影が
 
一体、どこから来ているのかまでは
 
わかりませんでした。

 
 
「奇跡のコース」では
 
洞窟の壁に映っている幻想の影は
 
私たちの心のなかにある
 
自分は神の愛から離れてしまったという
 
信念によって生じた、
 
「無意識の罪悪感」が投影された夢であり、
 
洞窟そのものが
 
存在しない幻想の宇宙であり、
 
私たちは今でも神の愛(霊)の光のなかに
 
いるのだけれど、無意識の罪悪感を
 
投影して作り上げた洞窟によって
 
今でも自分が安全で安らかな
 
神の愛(霊)のなかにいるのだという真実に
 
気づけないだけなのだと
 
私たちに教えています。
 
 
(続く)