私たちは

人生という夢のなかで

嫌いな人や

嫌な人に遭遇しますよね。

 

 

でも、彼らは本当は

私たちを

空想上の地獄から

救い出してくれる

救世主であり、

キリストであり、

純粋無垢な天使なのだと言ったら

驚くでしょうか?

 

 

私たちは

これが本当の自分の姿だと

密かに信じている自分自身のイメージを

自分の外側に投影することによって、

他者という夢の登場人物を

作り上げました。

 

 

私たちは

自分の心のなかにある

罪悪感や自己嫌悪感や

自分自身への憎悪や

劣等感や自己無価値感という

 

自分自身にまつわる、

負の感情を持ち続けることが

耐えがたいほど、

苦痛なので、

 

それを自分の心の外側に投影して、

他者という夢の登場人物のなかに

見ています。

 

 

 

私たちは

自分が密かに嫌っている

自分自身のイメージを

自分の外側に投影して、

すべて投げ捨ててしまえば、

 

自分は自分の心のなかにある

罪悪感や自己嫌悪感や

自分自身への憎悪や

劣等感や自己無価値感や

その他、自分が嫌いだと思う

自分自身のイメージを

取り消すことができると

固く信じ込んでいます。

 

 

しかし、

 

罪悪感や自己嫌悪感や

自分自身への憎悪や

劣等感や自己無価値感という

自分自身についての負のイメージを

自分の外側に投影して、

 

他者という夢の登場人物を

作り上げ、

 

それを裁くことによってでは、

私たちは自分の心のなかにある

自分自身の負のイメージを

取り消すことはできません。

 

 

なぜなら、

 

自分自身についての信念を

自分の外側に投影し、

裁くことは

自分自身についての

誤った信念を保持し、

強化することだからです。

 

 

聖霊は私たちが抱く、

罪悪感や自己嫌悪感や

自分自身への憎悪や

劣等感や自己無価値感という

負のイメージは

すべて幻想にすぎず、

実在するものではないことを

知っています。

 

そして、

 

私たちに他者という

夢の登場人物を赦すことによって、

自分自身の間違ったイメージを

赦しなさいと教えています。

 

 

私たちは

ついつい、

 

 

自分にとって

嫌いな人や

嫌な人は

悪魔の化身だと考えて、

批判し、攻撃し、

裁こうとしてしまいますが、

 

私たちが

嫌な奴だと裁いている、

彼らの本当の姿は

 

私たちを

自分自身についての間違った

負のイメージという

幻想の牢獄から解放してくれる

光り輝く救世主であり、天使であり、

神聖な神の子キリストなのです。

 

 

(つづく)