私たちは無意識の内に
神の愛から
離れる決断をして、
神を裏切り、
天国を投げ出した
自分は罰を受けるべき、
罪深い存在であり、
自分が外側に投影した
罪深い他者という
夢の登場人物を赦すことは
せっかく罪悪という牢獄に
閉じ込めた
罪深い自分を
解放してしまうことだと
思っています。
そして、
罰を受けるべき罪深い自分を
心のなかにある
罪悪の牢獄に
閉じ込めたままに
しておけるように、
絶えず、
何らかの理由をつけて
相手のことを
裁き続けているのです。
自分にとって
嫌いな人、嫌な人が
天使だと言われるゆえんは、
私たちが自分で自分を
閉じ込めている
罪悪の牢獄の前に立ち、
鉄格子の窓ごしに
こう言っているからです。
「あなたが
私のなかに
投影して見ている
罪深い自分という偶像は
本当は
まったく存在していない。
私という夢の登場人物を
赦すことによって、
あなた自身が抱く、
邪悪で罪悪に満ちた
自分という夢、
まぼろし、幻想を
赦しなさい。
取り消しなさい。
解放しなさい。
そうすれば、
あなたは自分が
神の愛であり、
永遠に罪のない、
神聖な
神の子キリスト
であることを
思い出すだろう。」
(おわり)