人生という夢のなかで

私たちは時に、

死という幻想によって

愛する人を失うという

経験をします。

 

 

そして、

死という幻想によって

愛する人を失うという経験は

ありとあらゆる感情を

私たちの心のなかに

呼び起こします。

 

 

喪失感、

孤独感、

剥奪感、

欠乏感、

悲哀、

寂しさ、

 

 

自分を置き去りにして

死んでしまった

相手に対する怒り、

 

 

あるいは、

 

 

「無条件の愛で

  もっと、もっと、

  相手のことを

  愛してあげればよかった。」

 

 

 

「 愛する人に

  ひどいことを言って、

  謝ることもできないまま、

  愛する人が自分よりも先に

  亡くなってしまった。

 

  ああ、どうして

  自分は愛する人に

  あんな取り返しのつかない

  ひどいことを言って

  しまったのだろう。」

 

 

 

「自分がもっと早く

  愛する人の病気を

  発見さえしていれば、

  愛する人は今も

  幸せそうに笑いながら

  自分の側にいてくれて

  いたのかもしれない。

 

  愛する人を

 病気から救うために

 自分はもっと、もっと

 相手のために

 してあげられることが

 あったのではないか?」

 

 

 

などの

亡くなってしまった

相手に対する

後悔や罪悪感を

感じるかもしれません。

 

 

また、

自死によって

愛する人を亡くした場合は、

 

 

 

「愛する人が抱いていた

 自殺したいと思うほどの

 つらい気持ちに

 自分が

 どうして気がついて

 あげられなかったのだろう。

 

 自分がもっと早く

 気が付いていれば、

 自分は愛する人のことを

救うことができたのかも

しれない。」

 

 

 

という自責感を

感じてしまうかもしれません。

 

 

このように、

私たちは

死という幻想によって

愛する人を失うという

経験をすることで、

 

 

喪失感、

孤独感、

剥奪感、

欠乏感、

悲哀、

寂しさ、

怒り、

罪悪感、

自責感、

 

 

などの負の感情を

感じるようになりますが、

 

 

実は、

それらの負の感情は

私たちが愛する人を失うという

経験をすることによって

はじめて生じたものではなく、

 

 

それらの負の感情は

もともと私たちの

心のなかにあって、

 

 

神からの分離、

天国からの分離という

錯覚におちいった時に

私たちが感じた

罪悪感、自己嫌悪感こそが

すべての負の感情の

真の源であり、

 

 

もともと私たちの

心の奥にあった、

それらの負の感情が

愛する人の死という

幻想のストーリーによって

心の表面に浮かび上がって

来ただけなのです。

 

 

(つづく)