愛する人との死別は、
 
 
私たちが神からの分離という
錯覚におちいった時に感じた、
 
 
 
「自分は神の愛から
    離れてしまった。」
 
 
 
という想いの象徴、シンボルです。
 
 
しかし、
神の愛は今でも
私たちの心のなかにあり、
私たちが神の愛を
失うことはありえません。
 
 
 
神の愛や天国は
すべて、
私たちの心のなかにあります。
 
 
神と神の子キリストには
姿、形はなく、
神と神の子キリストの一体なる
愛の霊性こそが天国のすべてです。
 
 
私たちは
神からの分離という
幻想によって
個々別々の肉体と
心を持った個人
という夢を見ていますが、
私たちは
神の子キリストの一なる心を
共有しており、
 
 
私たちの無意識の心は
今も私たちの心が
神のなかで
永遠にひとつであることを
知っています。
 
 
 
そして、肉体は
いつ、いかなる時も
存在していません。
 
 
肉体は私たちの内なる愛の光を
封じ込めることはできないからです。
 
 
  「肉体はあなたの外側にあるのだが、
    一見、あなたを囲い込んで、
    他者から切り離し、
    あなたと彼らを隔てているかに
    見えているだけである。
    それはそこにはない。
    
    神と神の子の間に防壁はなく、
    幻想の中でなければ、
    神の子が神ご自身から
    分離することはありえない。」
 
 
(『奇跡講座』第18章  「過ぎゆく夢」
    Ⅵ   「肉体を超えて」  9  )
 
 
 
肉体は私たちの無意識の罪悪感が
投影された夢であり、
肉体の知覚を通して認識される
この宇宙も私たちの分離の
想念が投影された幻想の世界です。
 
 
普通、私たちは世界が自分の外側に
あって、自分は外側にある世界を
ただ、見ているのだと思っていますが、
 
 
真実はまったく逆であり、
世界は私たちの心のなかにあり、
私たちが見ている世界は
私たちの心の中にあるものが投影され、
作り上げられたものなのです。
 
 
宇宙の果てに輝く
星を見ている時、
私たちは20億光年も彼方にある
星が自分の外側にあって、
自分は自分の心の外側にある星を見ている
のだと思っていますが、
 
 
真実は逆であり、
宇宙の果てで輝いている星は
私たちの心のなかにあって、
私たちは自分の心のなかにある星を
外側に投影して
20億光年離れた星を
見ているだけなのです。
 
 
私たちは
愛する人が
自分の心の外側にいて、
自分はそれを見ていると思っていますが、
 
 
真実を言えば、
愛する人が
生きている時であろうと、
死んでいる時であろうと
愛する人はいつも
私たちの心のなかにいて、
 
 
私たちは私たちの心の中にある
天国の記憶を
外側に投影することによって
自分の愛する人という
夢の登場人物を作り上げ、
それを外側に見ているのです。
 
 
愛する人が
自分の目の前にいて、
自分の心の外側にいるかのように
見えている時も、
愛する人の肉体が死んだかのように
見えている時でも、
 
 
愛する人の心と私たちの心は
光と水が溶け合うように
きらきらと輝いています。
 
 
私たちの心は
永遠に
離れ離れになることなど
出来ないのです。
 
 
(続く)