そう、一瞬ですべては終わっていた。
「まさか途方もない価値のある無限袋を裏返すなんて……魔界と断絶した世界になった。これでは魔法も使えない! 悪鬼も妖術師もいなくなったけれど……これで平和な世界になるのかしら」
 真理の緊迫した声に、おれ直人は平易に答えた。
「この世界すべてを滅ぼしたって構わなかっただけさ」
「宇宙そのものをすっぽり無限袋の中へ……いいえ、この世界の外へ『閉じ込めて』しまうなんて、人類史上どころかきっと宇宙史上最悪の暴挙よ!」
「いささか荒業過ぎたな。ではおれは死刑かな?」
「いいえ、絶対に罪は問われない。私が問題にしているのは……だってそれでは……この世界の創造主は、直人ってことになるじゃない、そのこと」
「は、おれは無神論者さ。別に救いを求めていない」
「頑固ね。神々の力を目の当たりにしておいて。どうやらお別れね、直人」
「え? 真理、どうした……」
「魔法の使えない女なんて、釣り合いが取れないでしょう?」
 過小評価し過ぎだな。おれは真理の強さに惹かれていたのに、それも逆転したのか……技量ではおれなんか真理に敵うはずはない。
 いや……能力を競う考えこそが、『人間性』に反している。おれは無能で卑屈な馬鹿でかまわない。自覚しているさ。
「おれは作り物の英雄なんかより、ただの馬鹿でいたいのさ。自尊心のない貴族なんかより、気質ある乞食でいたい」

 ともあれおれたちは王宮についた。
 時雨が弁解している。
「僕が救国の英雄!? 違うよ。ほんとうの意味での武勲者なんて、いないと思うな」
 逢香はクスクスといってのけた。
「そうね。この奇跡は繰り返される偶然の積み重ね、個々のファインプレーの交錯狂騒協演結果に過ぎない。すべてが理解のもとに動いているはずはないのですから。それらを超えて個々を繋ぐ、調和の理想とはいかに難しいか」
 豪奢な絹やビロードに着飾った大金持ちの高級将官に役人の前には、社会の底辺で野良犬のような生活をしていたおれにはいささか気圧されるが。権威なんてもの、実力あってのこと。盗賊はそれを盗み取るのだ!
「好くぞ出向いた。直人特務中将」
「おれは准将のはず……なのに昇進ですか、背徳背信背任の身ですが」
 ひとしきり不謹慎な、それでも好意的なクスクス笑いが場に流れていた。この皮肉は痛烈だろう。誰が勝者などと誰が判る?
 王国の最高評議会議長……女騎士にして大元帥シャムシール卿フレイルは朗々と告げる。
「直人は昇進だ。いずれ元帥になれば、汝自身の元帥府が開ける。人事権が委ねられる。絶対的な権力だ……その時になにを望むかで決まる。その希望をいま述べてみよ」
「そうか、ならおれの最初の命令、人事はひとつさ。退役します」
「貴官?!」
「おれは好きに生きる。誰にも邪魔はさせない」
「戦火のしばし絶えることであろういま、元帥も有名無実の名誉職だ。よかろう、認めよう。だがせめて理由を聴きたいな」
「前線で兵士や民間人が虫けらのように死んでいく中で。将官だからって後方でふんぞり返って酒を飲むブタにはなりたくないね。将も王も奴隷もみな対等の命と信じる」
「汝も好く飲酒したが、前線の剣戟と銃火の下でであったな。よろしい。しかし条件がある、次の称号を放棄せず終生受け入れること……」
「なんなりと」
 おれは軽くいってのけた。どんな汚辱を浴びるとしても、逃げ切れなければ盗賊の名がすたる。
 しかしシャムシール大元帥は、諧謔の笑みとともに告げた。
「騎士だ。どこの国にも属さない、名誉職としての自由騎士……貴官はもはや生きていくのに盗みをする必要はないであろうからな」
「それは光栄……おれは約束できませんが」
 おれは不遜にも虚勢を張った。いや、盗みは止めない。おれの欲しいものはすべて盗んでやる……ただし目下盗むべき宝は限られているだけだ。

 千秋将軍はこの事態に戸惑っている。
「いいの? 憲兵総監時雨ちゃんはどう?」
「僕は構わないよ。大元帥の言葉通り、もうしばらく戦乱の世も過ぎるからね。すると僕もお役御免か……あ!」
 虚空に人間大の渦が現れ……時空に歪みが生じていた。その『亀裂』からはいまは真昼というのに、満天の星空が覗いている。それはゆっくり時雨に近づく。
 真理がはっという。
「英雄召喚(サモンヒーロー)魔法だわ! 時雨ちゃん異世界から戦いの救援に招かれている」
「またか! 嫌だよう、僕もたまには平穏に暮らしたいよう! 平和を僕に!」
 と言ったとたん、時雨は渦に呑まれた。偉大なるジョン・レノンが天国で嘆きそうな光景である。
 千秋があわてている。
「時雨ちゃん、待って。私も行く! あ……消えた。ひどい……」
 逢香は慰める。
「千秋ちゃん、泣かないで。時雨ちゃんに限って戦いでは負けない」
 涼平も。
「そうだよ。あいつ一人だけで悠々城塞となるさ」
 大元帥閣下は呵々大笑していた。
「汝は世界を盗み取れるも可能なのに……君主は世界を盗むのを恥とする。奪うのを名誉とし。高貴なことだ」
 おれがそれを認めるのは信仰心のなさゆえだな……だがおれはけっして自尊心は捨てない。すべては異なる思想に寛容な理解を紡ぐ平和への……
 
盗賊参謀横島直人 終
 
 かなり強引にこれで最後です。 
 最後までありがとうございました。
 コラボキャラとその創造主さま
 
公星 すまいるまいるさん

ロップたん にゃんたれママさん

メリル 初孤羅さん

アントワーヌ 片桐啓治さん