このブログテーマの「平沢勝栄氏インタビュー記事」で紹介する記事は、過去に音楽家の服部克久氏の対談記事や国分寺市長へのインタビュー記事とともに情報誌に掲載したものの一部。
写真を取り直したりして、リメイク版を現在制作中のホームページに掲載する予定だ。
私のお気に入りの作品で、千葉県警本部捜査二課、浦安警察署、行徳警察署の刑事二係だけでなく、
交番相談員をふくめたすべての職員の方々に読んでほしいという想いがある。
東浜幼稚園の園長先生や行徳警察署生活安全課の協力の下、取り組んできた防犯活動、個人的な警察に対する要望など、自分の考えを綴りながら、インタビュー記事を紹介していきたいと思う。
警察行政が関係する案件で、現実的な質問や悩み・不安のある方は遠慮なくコメントやメッセージをください。
平沢勝栄代議士はどう答える? 市民が警察に望む絆!
(平沢勝栄衆議院議員 Vol.2)
―― このへんで本題に入らせて頂きます。警察制度のシステムのマイナスな面を抜本的に変えていくには、市民と連帯して今日の治安悪化の原因に正面から対峙していくことが一番の良薬になると言われています。まず、代議士は今日の治安悪化の原因をどのようにお考えになっていますか。
平 沢: かつて日本は先進国で治安が良好な唯一例外の国と言われましたが、今や欧米並みになってしまいました。悪くなってしまった具体的な理由というのは、大きく分けると二つあります。
一つは、社会が大きく変わってくる中でライフスタイルの変化に伴う自己中心主義の風潮が広がり、遵法意識が薄れてきたことです。地域社会の一体感や連帯意識が希薄化し、今までのような犯罪に対する抑止力、社会の規制というものが効かなくなってしまったんです。少年犯罪や暴力団の犯罪を含めて。もう一つは、来日不良外国人の暗躍、外国から犯罪者がどんどん入ってきていることです。
―― 地域社会の一体感や連帯意識が希薄化してきた大きな理由は、どのへんにあるとお考えですか。
平 沢: その理由が地域社会にあるのか、家庭にあるのか、学校にあるのかということになってくれば、これは全部に関係してきます。
外国では、子供は社会の宝で、親はその社会の宝を預かっているだけにきちんと育てる義務があるという考えが確立されています。イギリスのサッチャー元首相などは「家庭がしっかしろ」と頻繁に言っていましたが、勿論、家庭教育が重要なことは言うまでもありません。
しかし同時に、学校の果たす役割もきわめて大きいと思います。鶏と卵の関係じゃないけれども、学校教育を受けた人が親になるわけですから、学校教育の果たす役割と責任はきわめて大きいと思う。だから、欧米で見られるように、学校の授業のなかで治安や警察の問題など、社会人として必要なことをもっと教えるべきだと思います。
―― 教育者の、人間教育の技術の一環として、義務教育における治安に関する啓蒙活動にもっと目を向けていかなければいけないということですか。
平 沢: そうです。まずは小さい頃に是非教えなければならないことから教える必要があります。たとえば、イギリスの義務教育には社会の規範とか警察学校で教えるような内容が授業のなかにカリキュラムとしてきちんと組み込まれているんですね、必修として。
ところが日本の場合は違う。私は警察庁で少年課長もしましたが、消防とか交通安全がちょっと社会科の教科書にでてくるくらいで、社会の規範とか治安の授業は全くといってよいほど行われていませんでした。今は若干改善されましたが。 だから、警察制度の抜本的改革という意味で言えば、弁護士や警察官が知っているようなことのなかでも基本的なことは社会人として当然知っておくべきですから、小学校や中学校の授業でも教えていくべきです。
たとえば、小学校では、どういうことをしたら犯罪になるのかとか、犯した後はどういう扱いになるのかとか、そういうことを教えていく。中学校では、 「生活安全警察」 、 「地域警察」 、 「刑事警察」 、 「交通警察」 などにわけて、 それぞれ の役割と犯罪の関係を教えていく。
恐らく、こうしたことはほとんど教わらないで義務教育を終えているわけです。大学の法学部に行けば犯罪の意味、犯したあとの扱いについて教わりますが、本当はそれが義務教育のなかでも教えられるべきなんです。たしかにピタゴラスの定義とかも大事かも知れませんけれども、もっと大事なのはこっちのほうなんです。
もちろん、道徳、公共心、規範意識といったものもきちんと教えないといけませんけれども、同時にそのなかで、犯罪を犯すということはどういうことか、犯したらその後どういう処分を受けるのか、学校教育の中できちんと教えなければいけないと思います。
(つづく)