36歳を迎えて。 | hair make SPOB

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埼玉県鴻巣市にございます、Senakao Ponto Osu Biyoushituのブログです。

 

想う事をまとめさせていただきます。

この場をお借りして。




自分は35歳で、

25歳の時から始めたPuchというお店を終わらせました。

ちょうど10年です。



幸か不幸か、この歳になるまで、

仕事において、何かを終わらせなくてはならなかったという経験は

あまりありませんでした。

自分の意志で何かを終わらせるという経験は今回が初めてかも。。。



という意味では、

少し自分はこれまで子供過ぎたのかもしれません。。。



子供は何も終わらせないでしょ?

何かを始めて、それをやりたいだけやり続ける。

そして終わりはいつも外からやってくる。

卒業があるから学生時代が終わる。

お母さんにご飯ができたと言われるから、遊びが終わる。

新学期が始まるから夏休みが終わる。

そうやって、誰かが終わらせてくれる。

自分で何かを終わらせるということを考えずに、

ゲームオーバーになるまで、ただひたすらやりたいだけやり続ける。






自分で何かを終わらせるというのは、

色に喩えると灰色です。

夢中でやっている時の真っ白な気持ちでもなければ、

誰かに終わらせられる時の真っ黒な気分でもなく、

なんとなくつかみどころのない、灰色の気分。

そして、ふと思うと、自分の同世代のお客様や友人は

すでに何年も前にそうした灰色の気分を味わっている。

みんな自分の中で終わらせるべきものをきちんと終わらせ、

新たに始めるべきことをしっかりと受け入れ、

ちゃんとそれを人生に刻みつけながら、

それぞれの今を迎えている。




僕は本来ならそうしたことを彼らよりも客観的に理解し、

話を聞いてあげたりするべき役目であるはずなのに、

正直、よく分からなかった。

成長とか、成熟とかいう言葉を使いながらも、

その感情そのものをリアルに実感できていなかったです。。。



つまり自分は35歳まで、

白と黒の二元論の人生観しか実感できない

未成熟な人間でした。

だから35歳でそれを経験して、

やっと大人になれた気分。





36歳の景色を見ながら思うことは、

自分の中の何かを、自分の手で終わらせること、

それは大人だからできることなのだと。

そして、それは挫折でも敗北でも逃避でもなく、

根源にあるポジティヴィティーと理想主義の

延長線上にある戦いなのだということです。




一つのことを続けていくと、わかってくることがあります。

それは、変化するということです。

ひとつのモノゴトが続いていくためには変化が必要だということ。

そして、その変化の一形態として、終わるということがある。

そのことを受け入れることができるかどうかが、

根源的な意味で続けていけるかどうかを決めます。

終わるということを、

続けるための変化として捉えられるかどうかが、

本質的な意味での成長を決定する。




よって、終わるということは失うことではない。

自分の手で何かを終わらせることによってのみ、

その何かを自分のものにして後にすることができるのです。