Puchの解体。 | hair make SPOB

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埼玉県鴻巣市にございます、Senakao Ponto Osu Biyoushituのブログです。

 

 

自分はかなりと言っていいほどドライな人間なので、

正直このお店を閉めることや、店名を変える事に対して、

さほど何も感じないのだろうな。。。って思っていたけど、

なにげ、意外と、結構、最後は、じーんときました。笑




10年前の2003年11月7日、プフはスタートしました。

自分で店舗デザインを考え、自分なりにビジネスプランを練り、

事業計画を考え、借金をし、親父に猛反対される中で、

なかば反抗期の中学生のようなテンションで独立しました。笑



独立したての頃は、右も左も分からなくて、

ただただ必死で、今にして思うと25歳って結構子供で、

危うさ満点、ひとりよがり満載、勢いだけは無敵、(今でもそうか。。。)

みたいな感じで、正直、借金を返すことだけが至上の命題でした。

志ある仕事なんて考えたこともなかったし、

鴻巣を盛り上げたいなんてことを考える余裕すらなく、

お店をうまく軌道にのせて、親父を見返してやりたい。

ただそれだけの日々でした。



家に帰るのはいつも夜の11時とか12時でした。

実は僕、結構接客するとき感情移入するタイプの美容師で、

それでいて、性格的にあまり手が抜けないタチなので、

一日20人くらいのお客さんをカットすると、

結構精神がへロヘロになりました。



10時ごろお店が終わり、それからレジを締め、

(へロへロの放心状態なので、レジ締めがかなりおそい。)

そのへロヘロ放心状態のまま、松屋とか吉野家で夕飯食べて帰る。

家に帰るやいなや、ベットに倒れこんで寝る。

朝起きてシャワー浴びてまた出勤。休みの日は夕方まで溜め寝。

そんな生活を3年くらい続けました。

ぜんぜん人間的な生活じゃなかったんだけど、

「親父を見返したい」っていう一心で、仕事に没頭しました。




そんな精神状態なので、

仕事以外のところでは、ほんとにダメ人間で、

たまの休みは一日中家に引きこもり、海外ドラマをぶっ通しでみていたり、

プライベートでは無気力人間でした。

そんな状態から3年が過ぎ、5年経ち、

精神にも筋肉が付いてきたのか、

いろんな部分で、自分という人間が太くなっていくのを確認できました。




この10年間を振り返ってみると、

いろんなことが思い出されるけど、

自分という人間がいかなる時もこのお店と共にあったなぁ~と。

あたりまえなんだけど、

雨の日も、風の日も、晴れた日も、朝早くお店に来た時も、

ヘロヘロでレジしめて、夜遅く、真っ暗の中お店を後にする時も、

いつでもこのお店はここに居てくれたし、僕を迎えてくれたし、

僕を送り出してもくれました。

そんな相棒だったんだなぁと、

なんか最後の日に片づけをしながら、ふと思いました。




このお店は僕を凄く成長させてくれました。

悩むことは売上うんぬんより、人の問題が多かったけど、

何歳になっても、性善説や人の心はキレイなんだと信じる僕に、

逆の世界があったり、心がキレイな人ってあんまりいないんだな。。。

ってことを、教えてくれたりもしました。



何に関しても、言い切ること、答えが出せない自分に、

ファイナルアンサーを何度も要求してきました。

時に厳しい問題を僕につきつけ、常識や時代の流れを教えてくれ、

いかなる日も出勤する僕を優しく迎え入れてもくれました。



店の前を歩く人達の顔は、

10年前とは大きく変わり、小学生の時よく髪を切りに来てくれてた子が、

彼女と手を繋いで歩いているのを見かけたり、

昔よく来てくれたおばあちゃんが、

車椅子で娘さんに押されながら通りがかるのを見かけたりしました。

その度、時間の流れの速さを感じ、

無駄な時間は過ごせないな。。。なんて思いました。



10年の間に、この商店街のお店は何十店舗もシャッターを閉め

このあたりは本当に元気がなくなりました。

歩く人の顔も、昔に比べて暗い顔をしている人が多くなりました。

そんな中で、この商店街で、夜遅くまで電気が付いているお店であろうと

日々努力を重ねました。



なんか次々に思い出というか、景色というか、

いろいろな場面が走馬灯のようにフラッシュバックするんだけど、

全部書いてたらきりがなくなってしまうから、

うまくコンパクトにまとめます。。。




なんて言うんでしょう。

ひとつのものを、僕は命を削りながら、

ゼロからいろんなモノを積み上げ、創ってきました。

そしてそれを守り、続けてきました。

そしてそれを僕は最後に、自分の手でぶっ壊しました。

その理由は、

ゆとりに実質的に壊される事より、

自分で物質的に壊す事の方が、

僕という人間を、10年という年月をかけて成長させてくれた

プフというお店への礼儀だと思ったからです。

こんな、ザ・B型、ザ・職人、みたいな考え方だから、

自分は経営者には向いていないんだと思います。

群れの中でボス猿顔して生きるより、

孤高のライオンのような生き方の方がカッコイイと思ってしまう。

でも、感謝はしてますよ。

だからこそ、最後に彼らに覚悟を決めさせた。

いろいろな、それぞれのカタチでですが。

その仕事は、嫌われるの覚悟でまっとうしました。



つまんない仲間と惰性で働く時間が最後はあったけど、

そのかわりに、一人で戦う覚悟を手に入れた。

本物しか欲しくない自分は、

偽者のお店はやりたくなかったし、偽者の仲間もいらなかったです。

10年間の、このお店との思い出を、宝物のまま残したかったので、

お店が壊されていくところを目の前で見ていたけど、

全く後悔はありませんでした。



運命なのか偶然なのか、プフ閉店の日、うちに猫がきました。

子猫なんだけど、動物病院で里親募集してたので、もらってきました。

迷わず『プフ』と名づけました。

結局、略して『プー』とよんじゃってますが、

もう少し、プフという単語と人生を共にできそうです。