私立探偵フィリップ・マーロウが、いつものように奇妙な事件に巻き込まれる。今回の話は、ある女性の滞在先を突き止めて欲しいとの依頼を受けたことから始まる。その女性の隠された過去や、舞台となる街に影響力のある有力者の過去などが錯綜してマーロウを翻弄する。
今回もマーロウはクライアントに依頼料を突っ返したりまたもらったり、色々とややこしい遣り取りをする。ただの交渉術というよりは、彼の信念と規範意識に基づいて概ね本気でやっているらしい。基本的に不真面目な人生を送っているくせに、本質的な部分についてはかなり生真面目だ。
過去シリーズを読むと、自分が好意を持っていてしかも助けてあげたい人には、殆ど必ず依頼人になって欲しいとお願いしている。そうでないと十分に助けてあげられないからだ。警察とやり合うにも、ただの友人としてだと立場が弱いがクライアントのためという体裁を取ればかなり強く出られるのだ。今回も小切手の受領証に細々と文言を書いて契約関係があるかのような体裁を取ろうとしている。当の女性は全くそんなことを望んでいないけれど。
今回意外でもあり印象に残ったのは、以下のようなことだった。
- 警察がシリーズで(多分)初めてマーロウを公平で且つ誠実に扱った
- マーロウが殺し屋や用心棒に痛めつけられる場面がなかった
- マーロウが結構簡単に女性たちと関係を持った
- 女性の隠されていた過去が比較的あっさりしていて、それほど深刻な内容でもなかった
- 敵対する相手がマーロウに対して「きみには正に完敗したよ」とか「握手しよう」などと言うなど、過去シリーズでは考えられないほど軟弱だった
- 結末近くでは、珍しくマーロウが孤独な境遇について感傷的になる場面があった
ロング・グッドバイなど他の代表作と比較すると、登場人物の描写及び話の展開ともにやや軽い印象を受ける。実質的に遺作であり、気力的には厳しい状態で執筆されたらしい。
話の最後近くに、ある事柄がきっかけでマーロウの心境が文字通り一変する。その展開はマーロウらしくなく一読者としては寂しい気もしたが、マーロウ自身にとっては救いがあり、それはそれで良いのかもしれない。マーロウも歳をとったのだし。