旦那が処方された薬を飲むようになって、六日目。
躁状態はかなり改善されてきた。睡眠時間も今日は約9時間と、しっかり寝ているし、
精神的にもかなり落ち着いているようだ。
旦那が処方された薬について、書いておく。
3月3日、最初に連れて行った台南の精神科クリニックで処方された薬については、
最初の混乱のさ中で、処方された薬の詳細が書かれた紙が紛失してしまった。
しかし、ここでもらった薬は、二日間しか飲んでいない。睡眠時間については改善が見られたが、
精神的な興奮状態についてはまったく改善が見られなかったので、二日後に
台中の中国医薬学院の精神科を受診し、別の薬をもらった。
3月5日から、この新しい薬を飲み始める。
Clonazepam 0.5mg/tab 一日三回 食後 一回一錠
Estazolam 2mg/tab 寝る前 一回二錠
Valproate Sodium 500mg/tab 寝る前 一回一錠
これを一週間分処方された。
こちらの薬は、台南の薬より、睡眠への作用が穏やかかと思われたが、服用を続けて三日、
睡眠時間も長くなってきたし、なにより精神的に落ち着いている。
副作用は、ふらつきが見られること。
旦那の両親は薬の管理についても私に任せっきりで、どんな薬を処方されたのかも知らないぐらいなので、
私がきちんと管理しておくしかない。
副作用について、ネットで調べると怖いこともいろいろ書いてあるが、
様子を見ながら医師と相談して段々減らしていけることを願っている。
話が前後するが、3月5日、私が旦那を連れてちゅごく医薬学院の精神科を受診した日のことを
今日は書こうと思う。
台南の薬を飲んでも、精神的興奮の改善がほぼ見られず、不安だった私は、
3月5日(月曜日)に必ず大病院でもう一度見てもらおう、と決意していた。
知り合いの心理カウンセラーの人に、お勧めの精神科を聞き、
台中榮民縂醫院に連れて行くつもりで、前もってネットで午前中の予約を入れていた。
旦那の財布にある健康保険証を使って、旦那の名前で予約した。
そして、その日は朝二人とも6時ごろ目が覚めたので、旦那のバイクに乗って
太極拳をしに行った。私たちは時間があれば、台中の美術館で太極拳をしている。
その太極拳グループは、だいたいみんな良い人たちだ。
中でもグループの中心的人物、70歳近いおばあちゃんは、10年前に
(なんの病気かはっきりわからないが)手術しないと絶対に治らない、と言われたのを、
手術するだけのお金がなく、太極拳を毎日欠かさず続けることで完治した、のだそう。
その話はともかく、70歳に近いのに、体力があり、背筋がしゃんとしていて、バレリーナのように体が
柔らかい。それまでの人生で色々辛い目にあってきたからか、
他人に対して寛容で、親切で、善良なエネルギーに満ちたおばあちゃんだ。
そのおばあちゃんと旦那で30分くらいおしゃべりをして、旦那も精神的に落ち着いてきたように見えた。
が、しかし、太極拳を終えて、二人で朝ごはんを食べに、朝ごはんのお店に行ったころからまた
旦那の興奮状態が始まり、「薬は今は飲みたくない!俺の話を聞け!」と声を荒げ始めた。
私は旦那のことも心配だったが、とにかく午前中に台中榮民縂醫院に行かなくては、と焦っていた私は、
旦那に、「じゃあ、一人で先に帰って。そして薬をちゃんと飲んで、家で寝てて。私はタクシーで自分で帰るから。」
そう言ってタクシーを呼び、一人でもいいからとりあえず医者に話を聞きに行くことにした。
タクシーの運転手(年齢はおよそ50代半ばくらいのおじさん)に行先を告げると、「どうしたの?どこか悪いの?」
と聞かれたので、正直に「旦那が最近精神不安定で。医者に診てもらいたくて病院に行きます」
と伝えた。どんな反応が返ってくるかわからなかったが、もう誰にでもいいから、少しでもアドバイスをもらいたい気分だったのだ。
タクシーの中に置いてあった、宗教の経典みたいなのを渡された。
そして、「この経典の中の、ここの部分を、気分が落ち着かない時に声に出して読むんだ。ちゃんと声に出して。そうすると、落ち着くよ。俺は毎日、これを読んでるんだ。とても効果があるよ。」
そう言われた。
私はとっさに、また台湾人の非科学的な考え方がでた。。。と思った。が、少ししてこうも思い直した。
旦那が精神不安定だと言っても、それをごく当たり前のことのように驚かずに受け入れ、そして
彼なりに有効だと思うアドバイスをくれた、こういうところは、他人に寛容で情に厚い台湾人のいいところだな、と。
そしてまた同時に、この人はこの人なりに、辛いことを抱えて生きてるんだな、と思った。
私はお礼を言ってタクシーを降り、そこで気づいた。バッグに入れておいたはずの旦那の財布がない。
自分自身の財布はあるのだが、旦那の名前で予約を入れているので、旦那の保険証が必要なのに、その保険証が入った財布が私のバッグにない。
今朝自分のバッグに入れて、何度も確認したのに。
とりあえず受付に行って、じゃあ私の名前で予約を入れなおそうとした。
大きな病院で、受付まで結構長く歩いたのだが、病院の中は驚くくらい人でいっぱいだった。
病院の中が一つの町みたいに、人でいっぱいだった。
ぼんやりと、ああ、みんな何かしら病んでるんだな、と思った。
受付で、私はこう言った。
「旦那の精神状態について相談したいんです。」
すると、「だったら、あなたの旦那さんの保険証じゃなきゃダメよ。本人に直接病院に来てもらって。」
と返された。
私はちょっと頭に血が上りかけた。
「でも、旦那は病院に行きたがらないんです。」
「じゃあどうしようもないわね。」
その受付の人は冷たく言い放った。
私は何か言ってやろうと思ったが、言葉を飲み込み、受付を後にした。
躁うつ病の人は、躁状態の時、どうしても医者に行くのを拒む場合が結構あるそうだ。
それなのに、家族だけでも医者に相談できないなんて。
一体どういう制度なのだ。それじゃあ、本人がどうしても医者に行かないと抵抗した場合、なすすべはないということなのか。
放っておけ、ということなのか。 頭の中は怒りでいっぱいだった。
しかし、何度かゆっくりした呼吸を繰り返し、何とか心を落ち着け、考え直した。
やっぱり、旦那を連れてくるしかない。
できるだけ深呼吸して、旦那に電話をかけ、正直に今病院にいることを話した。
そして、午後でかまわないから、一緒に病院で診てもらおう。私がそう伝えると、旦那はなんと、いいよ。と言った。
私はそれでまたタクシーに乗って家まで帰った。
帰りのタクシーも、40~50代くらいのおじさんだった。
私が日本人だと知ると、ちょっとうれしそうだった。
「日本人は、AV女優が多いんだろう?」と聞かれ、「さあ、知らないです」と答えると、
また少し世間話をしたあと、「日本人はAV女優が多いんだろう?」と繰り返し質問された。
台湾人にとっての日本人女性というと、AV女優を思い浮かべる人は多いのだそう。ただの間違った偏見だが、こういうのはあまり気にせずスルーするのが
一番だと思う。別にこういう偏見があるからといって必ずしもセクハラしてくるわけでもないが、女性は多少気を付けたほうがいい。
それからまた、この運転手に、どうして病院に行ってたんだい?と聞かれた。
私は今度は正直に言うのが面倒くさくなって、「最近ずっと頭が痛いから医者に行きました。」と言った。
すると、「ここに喉に効くドロップがあるから、あげるよ。」と私に一粒トローチみたいなのをくれた。
私は喉じゃなくて頭が痛いって言ったんだけどな。。と思ったが、まあいいや、と思いそのままそのドロップをいただいた。
台湾人というのは、(みんながみんなじゃないが)どこかとんちんかんなのだ。だけど、すごく優しい。
そういうところが面倒くさいけど好きだな、と改めて思った。
その運転手はこうも続けた。
「我々中国人は、体のどこかが悪いと、その部分を食べるんだ。意味がわかるかい?例えば、頭が悪い時は、砂鍋魚頭(魚を頭ごと丸ごと一匹調理した料理)
を食べると、治るんだよ。」
そう教えてくれた。これは私は初めて聞いた話だった。なかなか興味深い。
台湾人は、確かにあまり科学的な物の考え方をしない人が多いかもしれない(特に年配の人)。しかし、そこにはやはり生きる知恵があり、
そうした知恵を他人に惜しみなく教えてくれる。それが台湾人なのだ。日本人みたいに、見知らぬ他人には多くを語らず、壁を作る、そういうことがない。
私が家に帰ると、旦那は部屋で寝ていた。一安心だ。
私も一息ついてリビングでぼーっとしていた。
13時すぎに旦那が起きてきた。精神状態はまずまず安定しているようだったので、
改めて、「お昼ごはんを食べたら、外に出かけてデートしよう。お茶でも飲んで。それからついでに、お医者さんでもう一度見てもらおう。」
そう言うと、旦那はうなずいてくれた。
その日、台中榮民縂醫院の診療時間は午前中だけで午後は診療を行っていなかったので、
私はうちから比較的近い、中国医薬学院に連れて行くことにした。
途中、旦那は「やっぱり医者に見せなくても大丈夫だよ、デートだけしよう。」
と言ってきたが、私は「大丈夫、念のため医者に見せるだけだから。そのほうが私たちも安心できるでしょう。」
何度かそういうやりとりがあって、そのあとようやく旦那も納得し、二度目の精神科の受診にこぎつけた。
この医者は、台南の医者よりもずっと好意的だった。時間がないから早くして、なんて言わなかったし、
30分くらい自由にしゃべらせてくれた。ただ時々うん、うん、とうなずいて、パソコンに何か書き込み、しっかり
話を聞いてくれた。来週の再受診と、それから心理カウンセリングの手配までしてくれた。
私も旦那も、この二度目の受診で、心がだいぶ落ち着いた。
受診が終わるとすでに16時過ぎだったので、今日はこのまま二人でレストランで美味しいものでも食べて帰ろう、という話になった。
時間がまだ早すぎたので先にカフェに行き、旦那はそこでまた一時間くらい眠った。
レストランで、私たちは二階席に座った。二階席には他に客がいなかったので、貸し切り状態だった。
旦那といろんな話をした。
それから、旦那は嬉しそうに、店内のインテリアを、携帯で撮り始めた。
昔から写真が好きで、よく撮っていたのだそうだ。昔撮った写真を見せてもらったこともあるし、家には一眼レフがあるが、
その一眼レフは長いこと手入れをしていなかったせいで、ほこりにまみれていた。
最近は写真を撮る事事態少なくなっていた。
旦那は長いこと、店内の写真を撮っていた。
私はぼんやり思った。
これは旦那がストレスを発散する術であり、この人はやはり、芸術の分野で生きていくべき人間なんだ、と。
私がそう思う理由はいくつかあるのだが、それはまた次回書きたい。
その4へ。