台湾生活で学んだこと | 国際結婚と中国語と、ときどき猫と村上春樹

国際結婚と中国語と、ときどき猫と村上春樹

国際結婚のこと、猫のこと、中国語のこと、料理のこと、音楽のこと、買い物のこと、日々のこと、好きな村上春樹さんの小説のこと。

27歳でオーストラリアにワーホリに行き、パースで台湾人の夫と出会い、交際を開始し、
28歳で台湾生活を始めた。
台湾にきた最初の一年は台中の、彼の実家でお世話になりながら、中国語を勉強する日々。
二年目は、台北で一度は就職するものの、研修期間中に挫折感を味わい、すぐに仕事を辞める。

このことについては、いつか自分の中で心の整理がついたら語ろうと思う。

また、台北生活中に結婚式をあげた。

その後しばらくは台北で鬱々と過ごし、台湾大学の語学中心で三ヵ月日本語を勉強したり、

台湾人に日本語を教える家庭教師のアルバイトをしたりしながら過ごした。

30歳、再び台中に戻り、旦那の実家に身を寄せる。日本語家庭教師のアルバイトをしながら、

好きなイラスト、絵の勉強をする。本格的に、絵本作家になりたいと思い始めるのもこのころ。

 

そして、もうすぐ33歳。台湾生活ももうすぐ五年。

今は、日本で旦那の配偶者ビザの申請を終え、その審査の結果を待っているところ。

今年は日本に移住の予定。大事な年。色々なことが不確定で、不安で、でも期待もある。

何が不確定かというと、まず、住む場所が決まっていない。

これは、ただ住む家が決まっていないというだけではなくて、

どの地域に住むかも決めていないということだ。

 

私は都会生まれの都会育ちだ。20代のころはずっと東京で会社勤めをしていた。

だけど、その生活が嫌で嫌で仕方なかった。そんな暮らしは、まるで刑務所の中で生きているようだと思った。

それで、海外にワーホリに行きたいと思うようになった。

それだけが理由ではないが、それも理由の一つだった。

台北でも、一か月に満たないがオフィスワークをして、やっぱりダメだと思った。

そのころから、絵を描くのが好きだった。

なんでこんな辛い思いして、ストレスの溜まることをやって、絵を描く時間を無駄にしてまで、

お金をもらって生きて行かなきゃいけないんだ、そう思った。

生活のため、と思って割り切れない自分は、ゆとり世代なんだろう。

ゆとりというか、ただの甘えかもしれない。

そのせいで、旦那には大きな迷惑をかけた。彼はこの時期すごく大変だった。

ごめんなさい、を何十回言っただろう。しかしあやまったところで、事態がどうにかなるわけではない。

私はその反省を生かして、ただ、二度と同じ間違いをしないように、

そして彼が今後、逆に日本に来た時に体験するであろう苦悩をきちんと理解して受け止めるために、

教訓として、きちんと自分の中で消化させ、自分のものにすることしかできない。

 

話はそれたが、都会暮らしやオフィスワークが自分の望むものではないことがよくよくわかっていて、

また、夫婦ともに、できるだけ自然の近くで、ゆとりのある生活を送りたいという思いがあり、

それで日本に住むなら大都会ではなく、どこかの地方都市、または田舎がいい、ということになった。

また、日本にいた頃から、東日本大震災を通して思うところがいくつもあった。

大都会では、一度大きな災害が発生すると、都市機能がストップし、被害が大きくなる。

田舎でも自然災害による大きな被害はあるが、都市で生活のすべてを電気やパソコンに頼っているのとは、

だいぶ違うと思う。

それに、地球温暖化、食料危機、戦争、大災害などを想定したときに、生き延びるための基本の一つは

「自給自足」、自分で食べ物を作る(というのはおこがましいが)ことだと思った。

だから、目指すのはできるだけの自給自足生活。どこまでできるかはわからないが、

生きていくために本当に必要なことではないか、と思う。

また、私は今の資本主義社会にも疑問を感じる。

前々から、すべてのものごとを金(物質)で価値を決めるのはおかしいと感じていたが、今の社会は本当に

持続的ではないし、人が人らしく生きることの難しい社会だと思う。

すべてが競争、比較。生きることに疲れ、鬱になる人や自殺する人も多い。

そして、人間の経済生活を豊かにするために、破壊され続ける自然環境、犠牲になる生物たち。

私たちにだって生活がある。子どもを養う必要があるし、家賃やローンを払い続ける必要がある。

だけど、時々ちょっといきすぎてないだろうか。

もっと性能のいいパソコンのために、ブランドのバッグやスカートのために。

みんながもっと良いものを、便利なものを欲しがるために。

10年後には使い物にならない(あるいは1年後にはもう使わない)もののために、

何千年、何万年と保ち続けてきた美しい山や海や川を、台無しにするのは

どうなんだろう。罪のない生物たちの住処や命を奪うのは、どうなんだろう。

書き始めるとキリがないが、私たちが都会にいると、欲望は数限りなく襲ってくる。

もちろん、それを強い意志で拒むことができれば一番だが、

簡単なのは、自分の身をよりシンプルな場所に置くことだ。欲望から離れ、距離を取り、

ちょっと斜めから、ちょっと下から、あるいはちょっと上から、色々な角度で眺めてみる。

自分自身のことも眺めてみる。そうすると、色々なことがわかってくると思う。

また、自然の近くに身を置くことで、その場所、その土地への愛情がわき、

その土地を守りたいという思いもわいてくるのだと思う。

だから、私は自分が好きだと思った場所に身を置いて、その土地を感じながら生きていきたい。

田舎に住みたい理由は、だいたいこんなところだ。他にもいくつかあるが、

あまりに長くなりそうだから。

 

これからまたブログで、オーストラリアでの生活、台湾での生活を通して感じたこと学んだこと、

また結婚、夫婦生活を通して学んだこと、そしてこれからの日本生活へ向けての思いや考えなど、

思いつくままに色々書いていきたい。