過酷な毎日の始まり | PlatinumClubⅡ

PlatinumClubⅡ

森圭吾の音楽人生「Platinum Club」の復活版

ミュンヘンに来て三日目
やっと音が出せる。
ミュンヘンのガスタイクホール

僕は楽器を無理矢理手荷物で飛行機内に持ち込んだので
問題はなかったが、ほとんどの人は楽器は出国前に預かりとなり
練習の前日まで受け取れなかったのだ。
満足に音出しが出来ないまま、リハーサルは始まった。

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終了後、数人で前回紹介したクラスメイトのペトラの家へ向かった。
ホームパーティーで我々をもてなしてくれたのだ。
ショッホー先生が来る予定だったが、結局現れず・・?
本当はパーティーが終了して我々が帰った後にやって来たそうだ・・。
すごい豪邸・・プールまである。ざっと300坪ってとこか・・・。

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見えるだろうか?
今回のビータで一番きついのは、夜は遅く朝が早い。
そして本番までいるところがないということ。
12時までにホテルをチェックアウトして15時30分まで会場には入れない。
12時にチェックアウトをする人はいないので、早めにチェックアウトをしたら
後は時間までご勝手にというわけだ。

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仕方がないのでミュンヘン観光となる。
イングリッシャーガルテンを散歩して公園内で昼食をとり
市内を散策した。
いったい何キロ歩いたのだろう。
おかげで唇のコンディションは最悪だ。
リップクリームをこまめに塗って保護に努めたが
炎天下ではいかんともしがたい。

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これでもハーフサイズ。
あまりにでかいので半分にしてもらっても二人で十分だった。
思うに、ドイツは調理済みの食材が多く、それらを皿に盛れば一回の食事となる。
だから料理が発達しなかったのもうなずける。
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それにヨーロッパ全般だが、甘いものに事欠かない。
そして必ずでかい。
こんなものを毎日食ってるやつらに太刀打ちできるはずがない。

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ケバプ屋はどこにでもある。
しかし今回はあまり食べる食欲はなぜか沸いてこなかった。

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そして演奏会は始まったわけだ。
ホールにはお客が少なかった。
しかし、そこには僕の師匠であるショッホー先生はペトラ夫妻。
ミュンヘン在住の僕の友人たちが多く聴きに来てくれた。
上の写真の左から3人目に顔半分写っている日本人らしき女性は
僕がかつて北海道にやって来たころに教えた生徒。
留学するときに「おまえは日本に帰って来ない方がいい。ドイツでいい人を見つけて
結婚しなさい」って言って本当にそうなった人だ。
あれからもう20年になる。

写真にはないが、僕が留学してた頃同じクラスにいた日本人が
なんと、ミュンヘンの一流ホテルのレストランのシェフになっていた!
そんなやつが突然現れたり・・と、僕には気の抜けない演奏会となった。

演奏は日本で聴く札響の音ではなかった。
どうして海外に来るとなぜか特に弦楽器に異変が訪れる。
日本で見るときより、一生懸命に弾いているように見えるのは気のせい?
だから、いつも加減して吹いているのに、フルパワーで吹いてちょうどいい。
とてもやりやすかった。
フルートでかい!って言われない。
なんかむかついた。

思った通り、すごい拍手だった。
お客さん全員立ってた!
まあ、今回の震災の心理的影響も大だろうが
やはり、ここまで演奏を称えられることは日本ではないだろう。

で、ちょっと?と思った画像がこれ。
札響のポスターだと気づくのに時間がかかった。
仕方ない・・日本の、それも北海道のオケの知名度などでは
チケットは売れないということだ。

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演奏終了後、ショッホー先生がいない。
ペトラ夫妻がステージ横で待っててくれた。
なんと感激して泣いちゃったそうだ。
なんと旦那のゲオルグも目が真っ赤じゃないか。
「ショッホーは?」
 「レセンプション会場で待ってるそうだよ」
「そんなの聞いてないよ」
 「ケイゴも来るでしょ?」
「いや、分からないんだよ、とりあえず片付けするよ」

その後探し回ったあげく、コンマスと事務局員以外、
ほとんどの楽員に知らされていないレセプション会場に
先生はいた。僕が来ると思って待っていてくれたのだ。

先生は86歳。前日のパーティーには先生が遅れて来たのでお会いできなかったし、
ハンブルグからわざわざ三日前から僕に会うために来てくれた、
その先生にお会いしたかった。
その一心で、僕は呼ばれもしていないパーティー会場になだれ込んだ。
もしかしたら、これが最後になるかもしれない・・そんな思いがあった。

僕は部外者だったが、そんなの気にしていられない。
そこにはペトラ夫妻と先生がグラスを片手に僕を待っていた!
先生は僕の顔を見るなり嬉しそうに演奏のことを語り始めたが、乾杯が始まり
静かにするように促され・・

「先生、僕すぐにも行かなきゃならないんです・・お元気で!」

僕は先生の悲しそうな無理に作った笑顔を背に、仲間が待つバスに走った。
でも、よかった・・先生とても嬉しそうだった。
あまり褒めてもらったことはなかったが、あの笑顔がすべてを語っていた。
悲愴の難しいパッセージの部分をフルートを構えるように指を動かして
「ここ、とても難しいよね・・うん、とても難しい」と嬉しそうに語ってくださった。
ほんの一瞬の会話だったけど、先生の気持ちがすごく伝わって来て・・。
僕も嬉しかった。

そう、今日そこはとても上手くいったから。
褒めてくださったのだ。

そんな思いをかみしめながら、その後は空港近くのホテルにバスで移動した。

そして、ホテルのロビーには過酷な明日のスケジュールが・・。
寝る時間なんかないじゃないか!

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その後、いるところがない。
寝る時間もない・・
そんな日々が続くことになった。

先生さようなら~

翌朝、一行はロンドンを目指した。
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