前回からの続きです。
「潜在意識」(自分だけの大草原)と
「顕在意識」(人生を構築していくもの)
のフィールドについて。
イメージとしては「顕在意識」が防御力・構築力・理論・思考等々
わかりやすく言うと戦士が持つ盾みたいな感じですね。
「顕在意識」が圧倒的に強くなる(顕在意識優位)と
「○○しなくちゃ」「○○でしょ」「こうあるべき」
みたいな自分を構築していく糧みたいなものがどんどん
出来上がっていって、何もなかった大草原に自分の「街」ができる
ようなイメージ。
現実世界・現実社会をしっかりと生きる。
でも一方で、人のことや気持ち
細かい所まではあまり気にしていられないし
自分を守る為、気が付かないかもしれません。
良い意味での「鈍感力」が高くなります。
人間関係もしっかりと自分の「街」が構築されているので
人との距離感とか結構近いような気がします。
「この街は美しいし、素敵でしょ。みんなそう思うでしょ。」
そんな表向きな自分。
物事の判断は自分優位で、良くも悪くも
自分の価値観重視、エゴに囲まれた世界感。
なので人や周りのせいにしちゃうこともあります。
一方で「潜在意識」が優位にある状態の時
大草原にただ一人立っているイメージ
見渡す限り広がる景色と可能性に気が付くと
大草原には生まれた時からもう既に何か建っているのが見えて
景色の悪さに時々違和感を感じ
急に壊したくなるし、手放したくなる。
人との距離とかにも気づきやすいし、何か気になってしまう。
特に魂経験が多い人は「潜在意識」の貯蔵庫が多いので
フィールドもどこまでも広~い感じ。
その分の生きずらさとか、いろいろあると思います。
自分の本当に思う街はどこにあるのか、さまようし
記憶が邪魔するし、でもこの世に来た時から
常に自分を求めて「旅」をしているし
人間関係も違和感感じることが多いし、この世に敏感で、
でもその分「経験」と「体験」を通して「生きる」ということを
実感させられることに出会えるし、その記憶が記録に刻まれる。
常に「自分との戦い」。盾は持っていないので
本能のままにというイメージ。判断は直感的。
流れに乗ると強いし、感のまま行動するので後悔が
あまりない。何かあれば自己責任。
悪くないのに自分を責めたりもします。
潜在意識と顕在意識に扉(薄い~分厚い)がある人、
何層にも重なっている人、扉は絶対開けたくない人
行ったり来たりな人、繋がることを忘れている人、蓋をしている人
もやに包まれている人、見たくない人、知りたくない人・・・。
人には様々なバランスがあってその人それぞれの環境によって
立場によって、時と場合によって、人によって自動的に
切り替えるのだと思います。
一人の男性・女性として、母親として、妻として、
社会の一員として、責任のある立場として。
「本当はやりたくないのに、やめられない」
「別れたいのに別れられない」
「辛いけど辛いと言えない」
自分のフィールドがあって、構築したものがあって
そのバランスを取りながら、自分を騙しながら、ごまかしながら
時々「はっ」ってなって、見回した景色に「あれ?」と思う。
本当に必要なものは何か?
本当にそれでいいのか?
本当に感じていることなのか?
自分だけのフィールドを想像した時に
「窮屈さ・違和感」等をもし感じるのならば
深呼吸をして、いらない景色(建物や囲い)を
吹き飛ばしふーっと吐き、
本当に見たい景色を想像してみて下さい。
本当に感じたいことは何か?
「どうせ無理だから」と決めつけて構築するのは自分。
実は・・・その可能性を広げることができる
そして・・・その可能性を広げるのは自分自身だということ
時々確かめてみてくださいね。
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