阪神大震災で得たもの
日頃ブログをサボリ気味ではあるが、なぜかこの時期は記事を書いてしまう。阪神大震災からはや16年、いまでは神戸の街は震災の面影がないくらい復興している。今でもこの時期は瓦礫と化した神戸の街ばかりクローズアップされがちだが、その街のこどもやおとなにとっての本当の険しい道は1.17から数日後に始まった。今回はその頃の事を振り返ってみた。
震災で自宅は全壊し、家財道具の約8割を放棄せざるを得なくなったが、被災しても仕事には行かなければならなかった。幸い仕事場は大阪だったから震災で失業する事はなかったが、当時神戸市北区の親戚の家に居候していた私は、一旦三田市という神戸の北隣りの街へ出て、そこから大阪へ通っていた。分かりやすく言えば、あの大事故のあった福知山線の乗り場へ行き、片道約二時間、内一時間を各駅停車の電車に乗りついで大阪に通っていた。
そして、神戸の顧客も少しずつではあるが動き始め、物品の納品が必要となってきたのだが、交通手段が崩壊してしまった神戸に行くのは並大抵のことではなかった。当時神戸方面の顧客を担当していた私は、車中泊で前日に大阪から神戸の街に入り、翌日に納品しまわって大阪へ戻るというかなりハードな業務を余儀なくされ、それ以外の業務も多数抱えていたし、家の事もいろいろとやらなければならなかった。
だから、休みなんて殆ど有って無いようなもんだったくらい超多忙な毎日だった。それだけでなく、先行きが見えない不安な日々が続いていたから、本当に参りそうになった。そんな時にふとこの唄が頭の中に流れてきた。
Come on boy! 辛い時ほど笑おうぜ
Come on boy! そうさ、勇気がすぐ戻る
男だもんな 若さだもんな
心の炎が まぶしいもんな
ふりむけば 小さな昨日
目を開ければ 無限の明日
ジャスピオン 巨きな悪ほど
ジャスピオン 不足はないぜ
俺が 俺が 俺が正義だ
ジャスピオン
これはメタルヒーローものの巨獣特捜ジャスピオンの主題歌「俺が正義だ!ジャスピオン・作詞:山川啓介/作曲:渡辺宙明」なんだけれど、実は私はメタルヒーローものがそれほど好きではなかったからジャスピオンもそんなに見ていたわけではなかった。けれどもこの主題歌だけはよく覚えていた。それはこの唄が人を勇気づけようとするフレーズに溢れていたからなんだろう。不思議とこの曲が思い浮かんだら、なぜか勇気が湧いてきた。参りそうになっても「こんなところで参ってはいけない」と本能が勝手に頭に呼びかけていたのかもしれない。
画像がそのジャスピオン(銀色)とライバルキャラのマッドギャラン(黒色)のガシャポンで、コレクションはせずに、オークションに出品して見事に落札された。
震災後の超オーバーワークを乗り越えたら少々のオーバーワークでも、どうってことはなくなっていた。山積みとなった仕事を目にして意気消沈して、逃げ出した人間も見てきたが、その反面それらを目の前にして「さぁ、ジャンジャンやろうか。」と燃える職人気質の人間も見てきた。同じ山積みの仕事に取り組むのなら、意気消沈しながらやるよりも、「さぁ、ジャンジャンやろうか」と前向きに取り組む方が良いに決まっている。ろくでもなかった阪神大震災ではあったが、そんな言葉では言い表せられない何かを得る機会になったのは確かだな。
良妻賢母よりも
良妻賢母は、その字の通り良き妻であり、賢い母親という意味で、普通は良い妻=賢い母親になると思うのだが、伝統芸能の世界では必ずしもそうはならないらしい。伝統芸能に嫁いだ女性は、旦那に寄り添い、マネージャー的な役割もやらないといけないらしく、それをこなしてはじめて良妻と認められるらしい。
そして賢母と認められるのは自分の子を役者にして初めて認められるんだろうな。
賢母に対して愚母が、原作版ロボット刑事に登場する。それはロボット刑事Kの生みの母のマザー=霧島玲子で、なんとKに対して「お前を作ったのは間違いでした…。」と傷つけてしまった。そりゃなんぼロボットでも母親が言ってはいけない言葉をまともに言われたらショックだろうな。この玲子の両親は軍部の命令に背き、戦争用ロボットを創るのを拒否したあげく、非国民と罵られて死んでしまった。又、玲子は実の弟である竜治がイタズラをやった結果、顔に酷い火傷をおってしまう。でも、弟に罪の意識を持たせないためにと、軍部の拷問のせいにしてしまい、その結果竜治は人間を憎悪する様になり、R・R・K・Kという悪の組織の首領になってしまった。
だからKを生み出し、竜治の悪行を止めようとした。そして、最後は弟を道連れに自爆してしまった。
竜治の親代わりでもあった玲子は確かに愚母ではあったが、それは弟思いの優しさと愛ゆえの事だったのだ。
画像は原作版ロボット刑事の文庫本で、刑事アクションのテレビ版と違い結構悲しいお話ではあるが、人間の持つ悪の感情と戦うために、機械として機械の誇りを持って生きていくと誓ったKが男泣きさせてくれるお話でもある。
この間タコ殴りにされたどっかのタコ坊主は舞台の上では一流らしい。舞台さえこなせば何をやってもいいと育ってしまった彼は、世間知らずに育ってしまった結果、醜態をさらしてしまったけれど、その母親は良妻賢母と認められているんだろうな。でも舞台が一番大切でそれさえやれば、あとはどうでもいいという考え方には子供に対する愛情はあるのかな?
本当の芸の肥やしとは?
たまに、私自身はかなり極端な性格の持ち主と思う事がある。例えばどっかのタコ坊主がいる世界は、あんな奴ばかりで、ロクな奴がいないと決め付けてしまう様に、一事が万事と考えてしまうところがある。
ところが、それは偏見だなと感じさせられる事があった。この間、とある伝統芸能の人間国宝(タコ坊主は自分は人間国宝と言い回ってたらしいが)が亡くなり、その息子(11歳)が、気丈に参列者に対して挨拶していたのを見て、小学生なのに立派だなと感心させられた。父親からは礼儀正しくとしつけられていたらしいが、かなりしっかりとしつけられていた様だな。タコ坊主が住んでいる世界にも、こんなしっかりとした少年がいるとはね。醜態曝していたタコ坊主とは偉い違いだな。
そこで、私はこの少年が立派な役者になるために、アドバイスを送ろう。それは稽古だけでなく、今しか出来ない事もしっかりとやりなさいという事だ。そんなに難しい事じゃない。友達と遊んで、学校の勉強をやって、何か夢中になれるものがあれば、それをやりなさいという事だ。それらを通じて人とふれあう事で、学校や稽古で学べない色んな事を学ぶ事が出来る。そうして体で覚えた事はいつまでも忘れないし、これを積み重ねる事でそれが芸の肥やしになって、きっと自身の役に立つからだ。いわば、これが本当の芸の肥やしだ。この少年に稽古をつける師匠は稽古ばかりでなく、もっといろんな事も教えてやってほしいと思うのだ。そうすれば、きっと良い役者であり、素晴らしい人間になると思うのだ。
画像はドラゴンボールの主人公孫悟空が冒険の最中、アラレちゃんとガっちゃんに出会った場面を再現したフィギュアで、孫悟空は実は修行といっても師匠の亀仙人から武術らしい事は何ひとつ教えてもらっていない。けれども、生きていくために必要な礼儀や、挨拶をする事、勉強等を教えていた。それで悟空は立派な武道家になった。この時のお話でもアラレちゃんの義姉のみどりさんにもきちんと挨拶して、好感を持たれていた。そして、アラレちゃん達とも友達になった。まぁ、平たく言えば少年らしく生きればそれでいいというだ。そして、特別な世界に住んでいるという間違えた意識を持っていなければ、この時に得た友達は例え離れていても、いつまでも応援してくれるのは間違いないな。
蛇足だが、 稽古ばかりでその世界の事しか出来ない、知らない人間になってしまうと、芸の肥やしは酒と女という間違えた認識をもってしまい、終いには醜態をさらす事になってしまうのは、タコ坊主見れば一目瞭然だな。

