「子供の将来に責任を持ちたい」と多くの親は言う。
「無責任な親になりたくない」と。
さて、その「責任」って何でしょう?
親として子供の成長のために最善を尽くしたいという気持ちは当然のことですが、
そこに「責任」というものが入ってくるのはなぜでしょうか?
民法 第820条 親権を行う者は,子の監護及び教育をする権利を有し,義務を負う。
教育基本法 第10条 父母その他の保護者は,子の教育について第一義的責任を有するものであって,生活のために必要な習慣を身に付けさせるとともに,自立心を育成し,心身の調和のとれた発達を図るよう努めるものとする。
次世代育成支援対策推進法(平成15年法律第120号) 第3条 次世代育成支援対策は,父母その他の保護者が子育てについての第一義的責任を有するという基本的認識の下に,家庭その他の場において,子育ての意義についての理解が深められ,かつ,子育てに伴う喜びが実感されるように配慮して行わなければならない。
親の義務と責任に関して、
親権とは、親が子を一人前に育てるために、法律が親に課した義務です。
親権の内容は、子の監護・教育を行う身上監護権と、
子の財産を管理する財産管理権に分けられます。
親は、子どもの教育について第一義的な責任を負い、生活に必要な習慣を身につけさせ、
自立心を育成し、心身の調和のとれた発達を図るよう努める必要があります。
ここで言われていることはどれも、
健全育成に向けての子育てに関してです。
18歳までの子どもに対する心身の健康に関する責任であって、
本人の将来や人生設計に対する全責任ではありません。
「集団における個人の責任」という考え方が日本にはあるとも言われます。
個々人は、自分が所属する集団=社会に対して責任を負っているという考え方です。
この考え方が日本人の精神性の独自性を色濃く表わしているのだそうです。
では、子どもに対する親の責任も、これと同様なものと考えてよいのでしょうか?
親と子供の所属する集団=家庭において、親の責任が問われるということですが、
これは、つまり家庭が、
そのとき所属する社会集団に対して責任を負っているということでもあります。
社会の維持・安定のためには、
家庭において親が子どもに対して責任を持たなければならないということです。
では、多くの親は、今の社会を維持・安定させることを目的として
子育てをしているということでしょうか。
そんな時代も確かにありました。
日本の歴史の中ではそういう時代が長かった巴いるかもしれません。
今の親も昔と同じように、日本の歴史を踏まえつつ今の社会を信頼し肯定し、
それを守ることを大事だと考えているのでしょうか?
何かうまく説明はできないまでも、ちょっと違うような気がしてきませんか?
よりはっきり言えば、
今の社会に必ずしも納得・満足はしていないまでも、
その今ある社会に適応していくためにはどうするのが最適か
というふうに考えているのではないでしょうか?
しかし、子どもたちも、親と同じように
今の社会に妥協しながら適応していくしかないと考えているのでしょうか?
時代は大きく、根本的に変わってきていることに、
親はまだ気づけていないのでしょうか?
「親の責任』とは何なのか、
その重要な中身が吟味されないまま、
親中心・親主導の子育てが受け継がれているためだと考えられます。
多くの親たちは過酷なまでに子どもに責任を負わせてきてしまったとして、
親中心・親主導の子育てをやめることが大切だと訴えている、
こんな指摘を目にしました。
・人生の選択に自分の意志を持たない親
『私は本当はお父さんと結婚したくなかったけれど……』と
自分の不幸を「望まぬ結婚のせい」にし続ける母親は、
自身のネガティブ思考に執着して子どもの同情心を誘うことで、
子どもに愚痴の聞き役や世話役をさせる。
そして、何か問題が起これば
『この結婚が間違いだった』と言い、
「結婚した」「子どもを産んだ」という事実を誰かのせい・何かのせいにして、
責任を回避する。
・理想や期待を子どもに押しつける親
自尊感情や自己評価が低く、
挽回したい自分の人生を子どもに託しながら、
理想や期待を子どもに押しつける。
・親代わりをさせる親
弟妹の世話役や面倒見役・家事など、
本来子どもをつくった親が責任を持って果たすべきことを、
子ども(特に長女)に負わせる。
・老後の世話を期待する親
・・・本当の『親の責任』とは? 子どもの自分らしさ奪う“親中心・親主導の子育て”
https://family.php.co.jp/2024/07/25/post_20259/ 参照
「子どもの将来のために」「子どもが幸せになるように」
とほとんど親が考え、そのために自分ができることを精一杯しようとする。
子どもの声を聴いてみたことがあるでしょうか?
胎内記憶教育の土橋優子さんが言っているのは、
「子どもたちは、今がとても幸せだと感じている。
最高に幸せだと思っているから、もっと幸せになりたいとはそもそも思っていない。
親の方は、子どもは今幸せではないからちゃんと幸せにしてあげなくては
と思うらしいと子どもたちは気づいている。
だから、そんな親の気持ちに合わせてあげようと懸命になる。
子どもたちが思っているのは、
今のままずっと幸せななままでいたいとということ」であって、
親に幸せにしてもらいたいなどとは全く考えてなく、
逆に自分が親を幸せにしてあげたいと思っている。
その事実を親の方がきちんと受け入れて認めていくことこそが大事で、
親の側が何とかしなければならないという姿勢はとっくに時代遅れのもので、
子どもたちが求めていることとは全く異なることを理解していくことが大切だと。
たとえ子どもが不登校になったとしても、
“親が自分の人生を生きることで、学校に行かない生き方を応援できる” と、
精神科医さわさんも言っている。 全く同感である。
・・・子どものことは「親の責任だ」に苦しむ親たちへ
https://toyokeizai.net/articles/-/656445?display=b 参照