世の中は、大量の情報であふれていて情報過多になっている。
自分にとって必要な情報だけを賢く選択していくことが求められるが、
人によって(専門家なる人が言うことも)何が正しいかが主張がバラバラで、
どの情報が最も正しく適切なのかを判別することはとても難しくなっている。
多数派の見解が「正しい」ことになりがちだが、
それ自体がそもそも危険な判断でもある。
また、「その情報は必要?」と思うものが結構ある。
わざわざ知らなくてもいいこと、自分の生活にはほぼ必要がないことが、
あれこれ手を変え品を変えながら目の前に示されてくる。
その一つ一つを無視していくことにも次第に疲れてしまうほどだ。
伝えてくる側は、それまでの経緯や置かれている立場に沿って、
「当然必要なこと」としてその情報を盛り込んでくるが、
それと同じ価値観や共通認識を私も持たなければならないという前提はどこにもない。
いつも不思議に思うのは、たとえば、ニュース等で必ず伝えられる、
「年齢・職業。プロフィール」は、誰がそれを必要としている情報なのだろうか。
犯罪がらみの場合は必要性も理解できるが、
ごく一般的な街頭インタビューなどでも年齢が「(○○代)」と必ず書かれている。
職業は、その人に対するこちらの勝手なイメージを抱かせる元ともなる。
番組側の「こういうことを知りたがっているはずだ」という勝手な押しつけはいらない。
また、好奇心をあおる侵襲的な情報も非常に多い。
CMのほとんどがそうである。
不景気と言われるが、
この言葉を耳にするたびに強い違和感を覚える。
不景気とは、「経済活動全体に活気がなく、商売が繁盛しない状態」を指すのだそうだ。
物やサービスが売れなくなる状態であって、つまり需要が減っている状態のことである。
経済活動に活気がないのは、
庶民のニーズに合った経済活動が展開されていないという一面もあるのではないか。
つまり企業が次々と商品開発やサービス提供を展開しているが、
それが庶民が本当に必要としている物、
欲しいものなのかについて疑問を感じることがある。
商品開発ありきや過剰なサービスの戦略が先行しすぎていないか。
貧困家庭が増えているとも言われるが、
その要因は何か?
生活に必要な収入が得られていないのはなぜなのか?
その人自身の生き方の問題、将来設計の在り方も問題になるのではないのか?
「お金がない」と言いながらも、
なんだかんだとそれなりにお金を持っている人が多いようにも感じる。
お金はあるが、老後の不安から使わずにいるとか、
生活に必要な物は既に一通りそろっているので新商品が欲しいともあまり思わない、
新商品と言っても、自分には必要のない機能が増えただけで、
それがなくても特に困らないし、何より「無駄遣い」はしたくないという気持ちが強い。
傍目から見ても、なんだかんだ贅沢をしたり、いい家・高額な住居に住んで、
家財道具も最新商品がそろっていたり、何より食事も贅沢になっているように思える。
家庭が経済的には苦しいと言うが、
それは生活水準が昔に比べると大きく高くなっていることもあるだろう。
しかも、子どもにかけるお金が非常に増えているように思える。
小学生で塾や習い事に通っていない子はむしろ少数である。
それが親の愛情だと言わんばかりに、子どもの将来のためにとお金を使う。
そのためにと、共働きしている夫婦もかなり多い。
まるで何かに洗脳され踊らされているかのように、
目には見えない「ある水準」を目指して親も子も必死に頑張っている様子は、
不景気とは無縁の現象のように見える。
お笑いタレントが時々収入(年収など)をぽろっと言ってしまうことがあるが、
いつも、「そんなにもらってるの?」と驚く。
そして、なぜそんなにもらえるのだろうか?と思う。
その番組の予算がそれだけ高いということになるが、
それがどこから出ているかというとスポンサーによるものだから、
つまりその企業の製品がその分だけ高く売られているということを意味する。
この現象にいつも違和感を覚える。
タレントは高収入というイメージがあるのか、
一般の会社員などの収入からすると桁違いだったりもする。
なぜこれが当たり前になっているのだろう?
経済を回すため、景気を良くするためという論法なのかもしれないが、
そのツケは一般市民に回ってくる。
総じて、人々のお金に対する感覚、価値観がおかしくなっているとしか思えない。
その感覚や目線で、「不景気だ」とか「生活が苦しい」とか言われても、
大きな違和感やもやもやした感じしか沸かない。
得体の知れない怪物に絶えず脅され、背中を押されながら、
自分の足下に注意を向けることを忘れて、
ただひたすらどこかに向かわされているのではないだろうか。
そんな中で、人々の心は、目の前のことしか見えなくなり、
自分を守ることに必死・精一杯になっている人がとても多い。
「人の話を聞けない」人が増えているというのは、
多くの人が以前から指摘していることだが、
それは子どもだけでなく大人も同じで、
若者に限らず高齢者も例外ではない。
人の話を聞けない、聞こうとしないのは、
気持ちに余裕がないからである。
今の自分を批判・否定されることが怖いからである。
それは、心の奥では、今の自分がやっていること、大事だと思っていることが、
本当は何か違うのではないかと分かっているからであって、
本当の意味で今の自分に自信を持てていないからである。
だからこそ、自己保身を最優先した他者との関わりになってしまう。